大地主と大魔女の娘
見知らぬ俺を見て、恐怖を覚えたのだろう。
騒ぎ立てていた子供たちの動きも口も、ぴたりと止まった。
「おまえたち、大地主サマにちゃんとご挨拶しろよ!」
「えっと、はじめまして。おおじぬしさま。魔女っこに用があってきました」
「きました」
「えいめは?」
その中でも一番年長と思われる、男子が思い切ったように声を上げた。
その背に隠れるようにしていた女子二人も続く。
三人とも明るい茶色の巻き髪が、お揃いに被った頭巾から覗いていた。
深みのある緑の瞳も揃っているから、恐らく兄妹なのだろう。
「ああ。使いに来たのか? 賢いな、おまえたち」
屈んで視線を合わせて褒めてやると、それまで張り詰めていた空気が少し和んだ。
「お母さんが、魔女っこに、これをおすそ分けしてって」
「パンなの。焼きたてよ。おおじぬしさまもどうぞ。でも、ジェスにはあーげない!」
誇らしげに籠を差し出してから、一転。
籠を胸に寄せて抱え込むようにして、幼女はジェスに背を向けた。
「ひでーな!」
苦笑しながらジェスが、わざと脅かすように両手を振り上げた。
「きゃー!」
「きゃあ、わるものー! わるものが来たから追い払って、魔女っーこ」
「ジェス、わるもの役やるもんね、ぴったりだよ! きゃあ、早くー助けて~魔女っこ」
「こら! 誰が悪者だ! カミサマ役の間違いだろう」
青年は子供たちの、期待どおりの動きをして見せたのだろう。
きゃわきゃわとはしゃぎ声を上げながら、部屋中を駆け回り、奥の部屋へと突進して行った。
躊躇い無く扉を開け放つと、うたた寝している娘二人を見つけて歓声を上げる。
「魔女っこ、いたー! おひるねー?」
「おきて、おまじない、して」
「ミルアもいるー! わたしもおひるね、いっしょにする!」
口々に好き勝手な事を言いながら、騒ぎに目を覚ましたカルヴィナにまとわり付く。
カルヴィナは眠そうに目をこすりながらも、ころころとじゃれ付く子供たちに微笑んだ。
「どうしたの? わるものが来たって、ほんとう?」
まだ半分以上、夢の中と思わせる眼差しの焦点はまだ曖昧だった。
抱きつく子供たちを受け止めながら尋ねる声も、おぼつかず掠れている。
「きたのー! だから魔法をかけて」
「わるいものにさらわれないように、おまじないしてもらって来なさいって、お母さんから言われてきたの」
カルヴィナの両腕で抱えきれない女子を、金の髪の娘が背後から抱きかかえた。
「うるさいから、攫います」
「きゃー! ミルア離して!」
「うるさいです。大人しくねんねしなさい」
こちらも寝ぼけているのだろう。
言うなり抱えたまま、勢い良く寝転がった。
「ぐー」
「もー! ミルアは寝たフリでしょ!」
そう騒ぐ横でカルヴィナは抱えた幼子二人に「早く、早く! おまじないして!」とせがまれていた。
「はいはい、一人づつだよ――」
そうあやしながら、子供達の額の真ん中に唇を押し当てながら、何やら古語で呟いてやる。
きゃあ! と嬉しげに声を上げて、お返しにと同じように唇を押し当てては笑う。
最後に、金の髪の娘の腕から抜け出した幼女が、カルヴィナに言った。
「魔女っこ、おおじぬしさまにも、おまじないしてあげて!」
その無邪気な発言で、初めて俺の存在に気が付いたらしい。
そろそろと視線を上げると俺を見て、カルヴィナの動きが止まった。