大地主と大魔女の娘

 カルヴィナが躊躇い無く、生まれたままの姿でつま先を湖に浸した。


 そのか細い後姿をただ、呆然と眺めていた。


 止めようと思ったのだが、状況に抗えず、何故か身動きが出来なかった。


 湖面がざわめき出す。


 ただならぬ気配を感じたと同時だった。


 大きく月明かりを写した鏡のような湖面がさざなみ、何者かが姿を現した。


「……っ!?」


 思わず、声を上げそうになったが堪え飲み込む。


 湖面に出で立つという怪異を容易くこなす。


 それは「獣」と呼ばれる存在だった。

 それが目の前にいるのだ。

 神殿に属する獣の存在は知ってはいたが、お目にかかった事は無い。

 彼らは気難しく、人よりも遥かに優れた知能を持っている。

 それゆえ、縛りつけようとする人という存在を許してはいない。


 獣の存在は神秘だ。

 いわば幻の存在。

 神に近いとまでされるほど。

 実際、この獣は神々しいまでの美しさだった。

 月光をまとった毛並は白銀に輝きを放っている。

 湖底から現れたとしか思えないのに、その毛並は水気をまるで含んでいないようだ。

 蹄を持ちながらも、その足元の方は鱗に覆われている。

 見かけはやや小ぶりな馬ほどだ。


 姿形はしなやかな鹿の足腰に、馬のような頭が乗っている。


 その頭のてっぺんには一角を戴いており、それを突き出すかのようにカルヴィナに頭を垂れた。

 カルヴィナは慣れた様にその角にそっと、両手を這わせると、そのまま獣の首筋に抱きつき身を寄せる。

 獣の方も慣れたもので、そんなカルヴィナに首筋を擦り付けるようにすると、首を振り少女の身を湖へと導いた。

 獣も一緒に半身を水に浸す。

 物怖じしないカルヴィナに、呆気に取られるしかない光景だった。


 小さいと――。

 ずいぶんと発育がままならないと嘲っていたはずの、胸の頂から目が離せずにいた。


「あんな少女を相手にするなんて犯罪だろう」


「ああ、そうだともレオナル」

「俺にだって好みはある。それ以前にあれは子供だ」

「そうだとも。君の言うとおりだ」


 今となっては、相槌(あいづち)をしきりに打っていた相手の顔が思い出せない。


 声すらも。


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