大地主と大魔女の娘
そこは残念ながら、寄りそう獣の毛並に被さってしまう。
しかしながら、それが緩やかに持ち上げる頂とその境目が月影に妖しく浮かぶのは、何とも扇情的な眺めだった。
息を飲む。
生唾を飲み込むとはこういうことを言うのだろうな、と頭の隅でぼんやりと思った。
くすくすと笑う声さえ扇情的で己の耳を疑った程だ。
カルヴィナが、まるで違う女に見えた。
いつものようにびくびくと怯えた所も無く、心から寛いでいる。
俺ですら、畏怖を抱かずにはいられない存在を前にしているにも関わらず、だ。
そんな彼女に獣も身を委ね、一緒に水浴びを楽しんでいる。
手ですくった水を掛けてやったり、獣の首筋に抱きついて泳いだりと、実に楽しそうだ。
遠目からでも、あんなに楽しそうに笑うカルヴィナは初めて見たと思った。
胸に何かが圧(お)しかかる。
「……。」
パキっと、空気が鋭く爆(は)ぜたような音を立てた。
小枝を踏みこんだらしい。
小さいが確実に音を立ててしまった。
その場から動く気など無かったのだ、全然。
誓って言う。
その場で様子を窺おうと思っていた。
そう。思っていたのだ。
だが気が付けば一歩踏み出していた。
あまりの美しさに一歩を踏み込んだなどとは、認めたくはないが事実だろう。
そのささやかな音に気が付いたのは獣の耳だけで、カルヴィナはその獣の様子に初めて緊迫したようだった。
そっとその裸体を獣に寄せる。
獣は慈しむように、鼻先でカルヴィナの唇に程近い頬を突いた。
少女は安心しきったように、獣に腕を回して身をすり寄せていた。
それを見た瞬間、どうしようもないくらい熱い気持ちが身体を駆け抜けていた。