大地主と大魔女の娘

  
 行ってしまった。


 もう少し一緒に遊びたかったのに。


 そんな哀しみがじわじわと胸を占拠し始める。


 彼の消えた湖面を眺めていると、大声で名を呼ばれて我に返った。


「カルヴィナ!」


 夢かと思った。


 何故、彼がここに?

 驚いて固まっていると、地主様は水の中に入ってきてしまった。

 それにも驚き、慌てた。


「あの冷たいですから、早く上がって下さい」

「嫌だ」

「え?」

「オマエも早く上がれ。冷やして身体を壊したらどうする!」

 あ、そうか。

 この方は本気で心配してくださっているんだな。

 子供のような私に、同情を寄せてもそれ以外の事は起こらないだろう。

 そこでやっと、自分が何も身に着けていない事を思い出しておおいに慌てた。


「上がります、上がりますから。向こうへ行って……!」


 それでも地主様は許しちゃくれなかった。


 どんどん近付いて来て、がっちりと腕を捕らえられてしまう。


 こんなにも熱く何かを訴えるかのような、眼差しに晒された事なんてなかった。


 どうにか片腕だけで、身体を隠そうと身を捩る。

 それも掴まれた右腕を引かれるようにされるから、上手く行かない。


 嫌だ。

 恥ずかしい。

 見ないで欲しい。


 かつてこの人に言われた言葉が脳裏を掠める。


 みっともない――。

 みっとも……。

 見たくも無いはずでは?

 常々、娘らしくなれとため息を誘うこの体の貧弱さを、この人に見られたくない!


「いや、いや! 放して! 嫌ぁ!」


「カルヴィナ。冷えるから、早く」


 どこか泣き出しそうな声に驚いて、思わず顔を上げてしまった。


 満月を背に受け、淡い陰りがより一層、彼の表情を頼りなくしていた。

 それでいて熱帯びた視線は、まっすぐに私を貫いている。

 満月――。

 そこでやっと自分の思いがけない失態に気が付く。


 おばあちゃんが笑いながら教えてくれた魔法。


 眠る女性せいを最大限に引き出して、男性の目を眩ませてしまうというお呪(まじな)い。


 呪いというには、あまりにも踏み込んだ方法だと思ったものだった。


 生まれたままの姿で、満月の光を一身に浴びるというそれ。

 教わった時は「私には関係ないな」と、ぼんやり思ったのを覚えている。

 大体、どうやって男性を誘い出し、目の前で裸になれというのだ。

 しかも誘い出すにしても「さも気が付いていない風を装って」と来た。


 女の性というのはつくづく推し量れないなと、感心したのは確かだけれど。


 何がどう働いてこうなったのか――。


 静かに力を放つ満月に尋ねたい気がした。


 
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