大地主と大魔女の娘


 私の心配はただ一つ。

 皆に変に思われたらどうしよう。

 顔が真っ赤だってからかわれたら、恥ずかしい。

 生まれて初めて、自分の色以外の理由で人前に出たくないと思った。

 こんな事は初めてで、私の中の気持ちの整理がつかない。

 持て余すどころか、すっかり翻弄されてしまっている。


『カルヴィナ』


 促すように名を呼ばれて、覚悟を決めた。

 揺れはもう収まっている。

 しっかりと大地に立つ安定を感じながら、地主様を見上げた。

 仮面が少しずり落ちた。

 私には大きいのだ。

 落とさないように手で支える。


 地主様はそんな私を見下ろしながら、もう一度名を呼んだ。


『カルヴィナ』

『……はい』


 何かを伝えたそうな呼び声に、心動かされる。

 地主様が何かを気にしておられる。

 わずかながらも伝わる動揺が何なのか。

 彼の視線にならってそちらを見た。


「――ジェス」


 彼が立っていた。

 いや。

 ただ立っていたのではない。

 待っていたのだ。

 私を。

 その姿は遠く過ぎ去ったあの日の、まだ幼かった彼にかぶった。


 いつも何か言いたそうに、でもそれを飲み込むように唇を引き結んだ少年。

 それが怒っているように見えるから、私はいつも怯えていた。

 私を見ると不機嫌になるんだって、カラス娘は不吉だからって、ずっと無言でそう言われている気がしたものだった。

 でも違ったのだ。


 今ならわかる。


 彼はずっと私に何かを伝えたかったのだ。

 それが上手く言葉に出来なくて、乱暴な仕草や物言いに繋がっていたのだ。


「ジェス」


 彼の名を呼ぶと、たちまち地主様から不機嫌な気持ちが伝わってきた。

 驚いて地主様を見上げると、決まり悪そうに見下ろされたが、そらされることはなかった。


「エイメ。待っていた。ずっと」


 ジェスが思い切るためにと、大きく息を飲み込んでから言ったのがわかった。

「俺と踊ってくれるよな?」


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