大地主と大魔女の娘
今この目の前にいる青年は、遠いあの日の少年であって、そうではないのだ。
どんなに瞬いたとしても戻ってこない日々。
いつかは彼とも一緒の風景を見たはずなのに。
冷たい風が頬を撫でながら吹く。
私はただ怯えていた。
ジェスは違うものを望んでいた。
そこに気が付けていたのなら。
ほんの少しだけで良かった。
俯いてしまわずに、勇気を出して眼差しを上げていたのなら。
――見えてきたものがあったろうに。
それでも、重なったかもしれない想いを呼び起こしたいとは思わない。
真剣な眼差しに、どうしても応えられない等と言い出しにくくなる。
罪悪感からだけではない。
我が身の可愛さからもだ。
自分で自分が嫌になる。
「……。」
胸が詰まり、言葉にも詰まった。
自分の状況も忘れて、真剣な眼差しから逃げないようにするだけで、精一杯だった。
背中がとても温かな事も馴染んで忘れていた。
声を掛けられるまで。
「カルヴィナ」
ものすごく改まった口調で名前を呼ばれた。
低く落ち着いた声の威力は半端ではない。
すぐさま答えねばという気持ちになってしまう。
「じぬ……っ、レ、レオナル様」
危ない。
慌てて口を噤んで、言い直した。
そうでなければ人前であろうとも、どんな目に合わされるか。
これは地主様の仕掛けてきた罠だ。
もうその手には乗らない。
先程さんざん思い知らされた。
用心深くなった私に、微かだが舌打ちが上から振ってくる。
危なかった。
こんなにも密着しているのに、それを本気で忘れていた。
自分の神経を疑う。
頭を振って、しっかりしろと自身を叱咤した。
仮面を構えて、いざという時に備える。
『ちゃんと名を呼ばれなければ、俺はまた再び獣に戻ってしまう』
そこに至った理由を尋ねる暇も与えてもらえないまま、そんな風に押し付けられた理由を飲み込むしかなかった。