大地主と大魔女の娘

あまりに震えているので、支えるつもりで手を差し伸べた。

 その途端にカルヴィナの肩が、大きく跳ね上がった。

 小さな手から杯が転がり落ち、衣服を濡らす。

 カルヴィナの膝下と、ほんの少し俺の袖口ぐらいだったが、カルヴィナの動揺は思った以上だった。


「申し訳ありません。せっかく地主様が持ってきて下さったのに。申し訳……。」

「謝らなくていい。気にするな。それよりもスレン。何を言った?」


 スレンに対する苛立ちを、努めて出さないように尋ねた。

 今、カルヴィナは俺に怯えていると感じたからだ。

 少しでも俺の感情が荒ぶると、この娘は萎縮してしまう。

 先程、嫌というほどそうさせた事を後悔している。

 いくらか頭の冷えた今なら、己の行動を諌める事ができる……はずだ。


「ん? レオナルの武勇伝。怖がらせちゃったみたいだね~?」


 スレンは面白そうに目を細めて、のらりくらりと答える。

 こいつにこれ以上構っても、怒りが爆発するだけだと解っている。

 だから無視するに限る。さっさと背を向け、カルヴィナに向き合った。


「何を聞いたのだ、カルヴィナ? おまえを怯えさせるような事だったか?」

「……。」


 のぞき込み、その瞳を伺う。

 カルヴィナは涙を溜めたまま、微かに頭を振って見せてくれた。

 安心させるために、頭に手を置いて撫でようと手をかざすと、それだけで怯えられてしまった。

 とたんに胸に苦い想いが広がる。

 それすらも押しやるようにして、優しい口調を心がけた。


「疲れたな。村長の家に戻って着替えて、休ませてもらおう。それでいいな?」


 今度は強く頷いてもらえた。


 そこに安堵する自分に苦笑する。


「カルヴィナ。大人しく抱えられてくれるか?」


 一瞬、怯えたように首をすくめられてしまったが、打ち消すように頷いてもくれた。

 そっとマントを跳ねよけて、華奢な身体に腕を差し入れた。


「あれあれ。乙女がシュディマライ・ヤ・エルマにさらわれて行くようだよ」


 スレンが笑いながら仮面を差し出す。

 カルヴィナを抱えているせいで両手はふさがっていた。


「ねえ、フルル。これは君が受け取って」


 マントの下で、小さく反応があった。

 そっと顔をのぞかせたカルヴィナへと、スレンは仮面を差し出し続けていた。


「これは君が村長の家まで持っていってあげて。なんなら、レオナルにはもう一度仮面を付けてもらいなよ。もう一度でも何度でも、二人でお役目ごっこをするといいよ。誰にも邪魔されずにね」



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