大地主と大魔女の娘
おずおずと受け取ろうと、指先を伸ばしたカルヴィナを、からかうようにスレンは言う。
「え?」
おそらく意味は理解できていないだろう。
だが、意味深なことを言われたと、それだけは察したらしい。
カルヴィナは腕を引きかけた。
だが、スレンは半ば押し付けるように仮面を持たせてしまう。
「カルヴィナ、奴の言うことは気にしなくていい。――スレン! リディアンナを頼むぞ」
「当然」
「もう一刻以内には館に送り届けろよ」
「え~? 今日はここで一晩明かそうよ」
「駄目だ」
「出たな、横暴。嫌だよ。夜の森は危ないから、村長が泊まれって。部屋まで用意してもらってあるし」
「ならいいが。リディアンナにほどほどにするよう、寝かせてやってくれ」
「了解」
ひらひらと手を振りながら、スレンが見送る。
「ごゆっくり。まあ、レオナルも、ほどほどにね」
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村長の家に戻ってみたが、誰も居なかった。
当然と言えば当然だ。
まだ、祭りの最中なのだ。
暗い家に背を向けて、さっさと魔女の家を目指した。
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手にした明かりを頼りに暖炉に火をおこす。
夜の気配に、秋を通り越した季節の気配が混じっているように感じる。
火の側に椅子を引き、そこにカルヴィナを座らせた。
靴を脱がせて、汲み上げたばかりの井戸水で、カルヴィナの足を拭いてやる。
「冷たくはないか?」
「地主様、あの、自分でしますから」
「レオナルだ、カルヴィナ」
「レ、レオナル様。自分でやります」
「もう終わる」
取り合わず、小さな足先を布で包んで水気を切った。
カルヴィナの足では、左の足先に負担を掛けているようだ。
靴の中で押し付けられて、窮屈そうに丸まっていた指先をほぐすと、血も滲んでいた。
不自由な右足とは反対の方に重心を傾けているのだから、当然か。
清潔な布を選んで引き裂いて巻きつけてやる。
慌てふためくカルヴィナをよそに、一連の作業を滞りなく済ませた。
「今日は朝から、なんだかんだと座れなかったものな。痛むか?」
「いいえ。ちっとも」
「無理をするな。気がついてやれず、すまなかった」
即座に否定するカルヴィナを、再び抱え上げた。
鍵付きの方の寝室を目指す。
歩き出すとすがるように、身体を預けてくれた。
その事に何よりも安堵する。
静まり返った室内に俺の足音だけが響いた。
暖炉の炎に照らされた影が揺らめく。
魔女の部屋の奥までは照らしきれない。
開かれた扉の隙間から見える明るさでは頼りない。
互いの輪郭をたどるのが精一杯だ。
そんな中、低めの寝床にカルヴィナを下ろす。