大地主と大魔女の娘
心地の良い風が迎えてくれる。
すべての風が行き着く場所だと思う。
いつもなら心踊る場所のはずだった。
でも今は勝手が違う。
いつのまに?
しかも案内が無いというのに、どうやって?
何故、スレン様がこの場所を知っているのだろう?
次から次へと疑問が沸き上がる。
それが、この一見優男にしか見えない彼を、得体のしれない存在だと突きつけてくる。
あなたは、だれ?
そう尋ねたくとも、恐ろしさからか声が出てこない。
「さあ、降りようか」
スレン様は軽く一礼して見せてから、馬から飛び降りた。
意外にも思える行為に、スレン様にも一応の礼儀が備わっているようだと思った。
さすがは森の彼だとも感心する。
曖昧に頷いているのだか、頭を下げようとしているのだか解らない私を、スレン様が降ろしてしまう。
そのまま、さも当たり前のように、後ろから腰を抱えられた。
居心地悪く感じたが、あまりに自然なので構うのも馬鹿らしく、身を任せた。
ゆっくりと進む。
ぎこちない足取りは、途中で何度ももつれた。
ともすればそのまま、うずくまってしまいたいとすら思った。
だがそれは許されなかった。
その度にスレン様に抱え直され、向き合わされる。
スレン様は何も言わなかった。
ただ、私の足で一歩づつ彼へと向かわせた。
近づく度に大きな気配が濃厚になって行く――。
「森の彼」は変わらず威厳に満ちて、凛と立っている。
ところが私ときたら、どうだ?
泣きすぎて思考はうまく働かない。
きっと目も腫れていることだろう。
姿勢を正したい所だったが、そうするにはあまりに酷い有様のように思えた。
思わずショールを深くかぶり直してしまう。
まるで寝起きなのに地主様に出くわしてしまったかのような、そんな気持ち。
つくづく私は決まらない、と情けなさまでこみ上げてくる。
だが歩みを止まらせる事は出来なかった。
スレン様は私がためらう度、やんわりとだが強く促すように一歩を踏み込んで、ここまで連れてきた。
「さて。この樹の下でかつての乙女と若者も見上げたんだ。二人揃って」