大地主と大魔女の娘
第三章 心の行き着く場所
オークの樹の下で
カルヴィナ!!
「あ、れ……? 今、誰かが、私を?」
呼んだ?
呼ばれたと思う。
辺りを見渡す。
スレン様の手に、手を重ね置く寸前に強く呼ばれた。
強く、強く。
それが現実なのか、夢の続きなのか区別がつきにくい。
ぼんやりとした頭は働かず、答えを導き出すこともない。
ただ、今まさに重ね合わされようとしていた手のひらはそのままだ。
スレン様が、小さく舌打つのが聞こえた。
『時間を与えるっていうの? これ以上の猶予に、一体何の意味があるっていうんだろう』
勢い良く吐き捨てられた言葉は、私にではなく誰かに向かってのようだった。
誰に?
面を上げたがスレン様しか見当たらない。
急に何もかもが恐ろしくなって、一歩後ろに逃げた。
背に当たるのは、尊敬する森の彼だった。
ゴツゴツとしていて無骨な彼だが、しっかりと私の体を受け止めてくれている。
それに心強さを感じたら、何だか視界が晴れ渡った気がした。
視線を定めてスレン様を見上げると、変わらずこちらに手をさし伸ばしたままだった。
まるで追い詰めるかのように。
私はその手のひらと、スレン様との瞳とを代わる代わるに見た。
深い森そのままの瞳に宿る光は鋭かった。
たちまち、射すくめられてしまいそうになる。
それでもどうにか首を横に振る。
『どうして? フ・ルールゥ?』
これ以上は後ろに下がることが出来ない。
声音はこの上なく優しかった。
でも、潜んだ苛立ちは隠しようもない。
スレン様の指先ひとつ取ってみても、それが滲み出ていた。
この方は感情の波が無いのではない。
深くにひそめる事が出来るだけなのだ。
目的のためならば、そうする。
私が人の持つ感情に過剰に反応してしまうと、知っていたからこその振る舞いだったのだ。
恐怖にすくみそうになりながらも、必死で抗うために両手を後ろに回す。
『ねえ、僕らの愛し子。君だって本当は知っているはずだ。何をどうするべきか、何て』
それでも首を横に振り続けた。
弱々しくても、頭を振るのをやめなかった。
スレン様の瞳がすがめられる。
差し伸べられた手は、そのまま伸びて私の顎を捕えた。
緑の眼にしっかりとのぞき込まれる。
もがいたが、そらすことは許されなかった。
どうしたわけか目蓋を閉じることさえも。
『ねぇ、うんと言ってよ。この手を取っておくれ。― ― ― ― 』
風が強く吹き抜けて行った。
オークの木立が大きくしなり、ざわめいた。
それと同じように私の血もざわめく。
それが本格的な恐怖へと入れ替わるのに、そんなに時間は必要無かった。
なぜ?
なぜ、私の真名をこの人が呼ぶのだろう?