大地主と大魔女の娘
確かに目では捉えていた。
馬の速さも申し分なく、過不足なかったはずだ。
それでも追いつけないどころか、完全に引き剥がされてしまった。
気が気では無くなる。
カルヴィナと他の男が二人きり、しかも人気のない森の中ときている。
始末に負えないイタズラをしでかすのが、スレンという男だった。
恐らく何もしないでいる、とは思えなかった。
イタズラ。
嫌がらせなどという程度で、収めるか、そうではないとしたら?
「可愛かったから。」などと、さらりとほざいて、実行していそうだ。
心配の余り、妄想だけが先走る。
「スレン!! いい加減にしろ!!」
全力で叫んだ言葉も、森は静かに受け止める。
いったん、馬の足を緩めて辺りを伺った。
木立を吹き抜ける風も木漏れ日も、皆、魔女の娘の味方のようだ。
耳を澄ませても、己の胸の高鳴りだけが響いて聞こえる始末だった。
――落ち着かねば。
まずは、そう自分自身に言い聞かせて、瞳を閉じた。
耳を澄ませる。
どこへ行ったのだろうか?
その痕跡を辿ろうと試みる。
カルヴィナ、カルヴィナ、どこだ!?
そこでふと、浮かんだのは仮面だった。
昨日今日の騒ぎで返しそびれていたものだ。
巫女の衣装と共に、持ち帰っていた。
もちろん、後で改めて村長の家に返しに行くつもりだった。
もどかしく荷をあさり、仮面を引っ張り出して付ける。
再び、視界が闇に近くなる。
『我は森の主こと、シュディマライ・ヤ・エルマ!』
ザザザッと強く木々の枝がしなって、ざわめいた。
しめた、と思った。
その勢いのままに叫ぶように命じた。
『我の森の娘の元へと導きたまえ!!』
そう言い終えてから、後はとにかく馬を走らせた。