大地主と大魔女の娘


 座り込んで作業をしていた私には、子猫の姿に気がつかなかった。

 せめてそれくらいなら、お伝えできる。


「いいのよ。もう、見つけたから」


 にっこりとほほ笑みかけられたのに、何故か寒気に似たものを背中に感じた。

「見つけた、ですか?」

「そう」

「どこに?」

「ここよ! 子猫ちゃん」

「え? え?」


「可愛い! なんて素敵な手触りなんでしょう!」


 そう言いながら、私の頭を撫で回す。頬や、喉元までも。

 あんまり撫でられるから、ショールが脱げてしまった。

 それでも手は緩まなかった。


 そうか。私は本当は猫の子だったのか。

 そんな気さえしてきた。


「ふふ本当に、初めて見る」


 この人の言う「初めて」は私の色をさしているのだと思った。

 黒い髪。黒い瞳。まとめてカラスとされる色。


 私も、こんなに綺麗な女性を見るのは、ジルナ様に続いてお二人目だ。


 この方の雰囲気が、私を恐ろしく緊張させた。

 こんな時に限って、作業用にと自分でこしらえた服を着ている自分が恨めしい。

 ここ最近はいい付けを守って、きちんと与えられた服を着ていたというのに。


 いや、畑仕事をするのに、あの格好では思うように動けないから当たり前なのだが。


 そもそも、着ている物が違ったくらいで、私の見てくれは変わりようがない。

 それに私は魔女の、自分で作った服を誇りに思っていたのでは無かったのか。

 自分が情けなく、浅ましく思えた。


 俯く視線と共に、心もどんどん地べたにのめり込むかのようだった。


「どうしたの? 子猫ちゃん」


「……。」


 いつのまにか目線が一緒だった。

 いいのだろうか。

 この方は、お召し物が汚れても気にしないのだろうか。


 そこは気にして欲しい気がする。


 優しく声が潜められる。

 私は本当に猫の子になってしまったかのように、答える事が出来なかった。

 ただその翡翠の瞳をそっと見返すことしか出来ないでいる。


 どうして、私に構うの?

 あなたは、誰ですか?


 そんな簡単な言葉ですら、この方に掛けるのははばかられた。


 それでもこの方は解ってくれたようだ。


「何だかとっても寂しそうだったから、つい、ね」


 つい? なんだというのだろう。


「構い倒したくなるというものでしょうよ。そんなに、お耳としっぽがしょんぼりしているように見えたら」


 私には耳はともかく、しっぽなんてあった試しなんてない。

 それを見透かしたかのように、女性はいたずらっぽく笑った。

 その笑顔があんまりにも綺麗だったから、見とれてしまう。


「ほら、しっぽ」


 そう言うと私に見せたのは、解けた前掛けの紐だった。

 細い指先につままれた紐を、ひらひらと見せられる。

 からかわれた。

 そう思ったら、頬が火照った。


< 328 / 499 >

この作品をシェア

pagetop