大地主と大魔女の娘
ルゼはしばらく扇を開いたり、閉じたりしながら、黙っていた。
言葉を選んでいる。
そう思ったから、俺も黙って待った。
ここからが本題だろう。
そう察する。
ルゼは声を潜めて、口火を切った。
「そんな貴方が次代の巫女王の後見者となったら、その地位は揺るがないものとなるわ」
「何の話しだ」
「そういうことよ。ロウニア家は最初、リディアンナ嬢を候補に上げていたはず。それを覆し、今度は大魔女の娘を候補にしたそうじゃないの」
「何の事だ?」
「しらばっくれないで!」
「ルゼ、俺には話しが見えない」
訝しむような眼差しが向けられた。
それに臆する理由もない。
本当に、何の陰謀が一人歩きしているのだ?
事の重大さを見過ごす訳には行かない。
カルヴィナを神殿に上げる。
次代の、巫女王として。
確かに身内から巫女の王となる者が出れば、その影響は計り知れない。
はじめの頃、その案は否定しなかった。
だが今は違う。間違ってもそれは無い。
あれは俺の側に置く。
ずっと。
そう決めている。
そこに邪推を働かせた奴がいる。
俺が大魔女の娘に入れ込むのは、自分の地位を確かなものにし、公爵家に取り入るためなのだと。
冗談ではない。
事の真相を明かしてやりたい。
早いところ対処し、くだらない話しの出どころを潰さねばなるまい。
ルゼにその先を促した。
「一体、誰の企てが一人歩きしている?」
「貴方で無いと言うのなら、わたくしには解らないわ。でもね、レオナル。その噂はずい分と広まっているの。お父様が、貴方を婚約者の候補に加えてもいいと言い出しているくらいに」
「公爵が?」
思いもよらない事態だった。
ルゼの父親である公爵は、相当なタヌキで間違いがないと改めて認識した。
しかし俺に対する評価は、地を這うほどだったと記憶している。
当然、俺のことなど、歯牙にもかけないでいたくせに今更何だという。
「そうよ。どうしてくれるのよ。おかげで、あの人との婚約は事実上白紙に戻ったわ。それなのに、貴方だけが幸せだなんて、許せる訳がない」
「改めて問う。どういう意味だ」
それには答えないまま、ルゼは微笑んで見せた。
「しばらく匿ってちょうだい」
「それは出来かねる。お引き取り願おう」
「最後くらい言うことくらい聞きなさいよ」
「最後も何も最初からあんたとは何もない。始めることすら許されなかったのだから。そうだろう?」
静かに告げる。
もう、話すことなど何もない。
少なくとも俺はそう思っている。
真正面に立つ貴婦人は何も答えなかった。
冷たさを含んだ風が、頬を撫でて行く。
「喉が渇いたわ。お茶ぐらい振舞ってくれるでしょう?」