大地主と大魔女の娘

 それは和解の申し出なのだと受け取った。

 カルヴィナの元へと急ぎたいのを堪えて、招かれざる客人を案内する。


 何の感慨も無かった。

 いっそ、清々しいくらいに。

 一体、この傍らとの女性との時間は何だったのだろうかと、首を捻りたくなる。


 お互い異性であったからこそ、生じた幻想に踊らされてしまった気がする。

 そうだ。彼女が同性であったなら、間違いなく同志として仲間になっていたことだろう。

 それこそ、言っても始まらないが。


 ルゼとて、同じことだろう。


 嫌にあっさりと引いた。

 もとより俺に対する執着は薄い。

 自身の婚約が決まってからは、まるで連絡が無かった。

 ルゼは恐らく、婚約者のことを少なからず想っている。

 だからだ、と推測する。


 俺にどうにかしろと文句を、忠告もかねて押しかけたといった所か。


 このタヌキ親父の血を引く娘は、けして本心を暴露する事は無いだろうが。

急にルゼの歩みが止まった。

「な、」

『このルゼ・ジャスリートがザカリア・レオナル・ロウニアよりも高みに立つ』


 問いかけるよりも早く、何事かを呟かれた途端、俺の足も止まった。

 足だけではなく、体が動かなくなった。

 咄嗟に彼女と間を取ろうとしたのだが、遅かった。


 縛られた。


 自由がきくのは眼差しだけだった。

 精一杯睨んでも、ルゼは笑みをたたえたまま、ゆっくりと近づいてきた。

 柔らかな体を押し当てられ、首筋を細い指が這う。


『屈んでちょうだい、レオナル』


 抗わない自分の膝が恨めしい。

 その途端、彼女の唇が額に、次いで唇の真横に当てられた。

 女の柔らかさに、煩わしさを感じたのは初めてだった。

 きっと腕が自由だったら、突き飛ばしていただろう。

 ルゼとてそこを踏まえていたからこそ、妙な術を用いたのだと思う。

 油断していた。


『ザカリア・レオナル・ロウニアを解放する』


 そう長い時間では無かったはずだが、ずい分長いように感じた。


「ルゼ! 戯れが過ぎるぞ」

「ふふ。怖い顔。ダメよ、レオナル。そんな風じゃあ、ますます子猫ちゃんに怯えられちゃうわよ」


 背後に微かな気配を感じて振り返った。

 だがそこには誰も居なかった。

 しかしそこはカルヴィナへとあてた部屋の前だった。

 もしや、まさかと視線を上げる。


 見上げたバルコニーに人影は無かったが、わずかに出入りの窓が開いているのが見えた


「ルゼ、何がしたいんだ?」


「決まっているわ。もちろん」


 ――嫌がらせ。


「どうしてわたくしが振られなくちゃいけないのかしら? わたくしが貴方を振るの。そうでしょう?」


 訳の分からない主張をするルゼに背を向け、駆け出していた。


< 338 / 499 >

この作品をシェア

pagetop