大地主と大魔女の娘
紅い実の意味するところ
地主様が、あの方、と……。
慌てて手すりから離れようとして、転ぶ。
「うっぇ」
嗚咽が漏れた。
すごく、惨めで仕方がなかった。
痛い。
どうしようもなく、胸が、痛い。
切なさとやりきれなさ。
そして無力感。
自分で立ち上がることすら出来ない。
そのまま突っ伏して泣いていると、影が差した。
「ああ、転んじゃったの? 泣き虫なんだから」
スレン様が手を貸してくれる。
確か内側から、鍵を掛けたはずでは?
でも、どうして、とは思わなかった。
今は構うところではない、という余裕のなさが本音だ。
「フルル、はい、よいしょっとね」
私を抱え起こすと、当たり前のように首のリボンを解かれる。
「お着替えしようね?」
また、ごしゃごしゃと頭を撫でられた。
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スレン様の手つきは思いの外、優しかった。
私も抵抗なく、されるがままでいた。
スレン様は何も言わない。
そんな私を見つめる瞳と目があった。
深い緑。
まるで雨に洗われる森の木々のように、そぼ濡れているかのように揺れて、惑う。
それは私の瞳が涙で霞んでいるせいだろうか。
「ど、ぅして?」
「うん?」
「スレン様が泣きそうなのですか?」
「そう見えるんだ」
そう言うと、スレン様はぽんぽんと私の頭を軽く叩いた。
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「ねえ、見て見て。フールールー?」
ねえねえと歌うように名を呼ばれて、ゆるゆると目線を上げた。
「うっわ。レオナルの奴。痛いなぁ。何だこの贈り物の多さは!」
スレン様が次々と、棚に納められた衣装を取り出し始めた。
次々と寝台に置かれて行く衣装たちに、何故だか顔を背けてしまった。
どれもこれも気後れするほど、魔女の娘には過ぎた物だと思う。
こういう物はああいった方にこそ……。
そこまで思って自分の卑屈さに嫌気がさした。
頭を振って唇を噛み締める。
自分を貶めたって何にもならない。
この衣装を贈ってくれた地主様に対しても、失礼だ。
「ねえ。これはもう着てみた事はある? あ、そう。じゃ、これは?」
藍色の衣装は、この間の夕食の時に着た。
静かで深い夜の静寂をまとうかのように思えた。
だから心を落ち着けて、どうにか食事の時間を乗り切れた気さえした。
それきり、袖を通した事はない。