大地主と大魔女の娘

 
 次に視界が晴れた時には、寝室に戻っていた。

 あまりの出来事に言葉が出てこない。

 ただ、眼差しだけで問う。


 今のは一体、どういったものなのか。

 説明して欲しい。

 人目につかず、闇を滑るように移動する術があるのかと、問い詰める。

 スレン様は肩をすくめて見せただけだった。

 私を寝台に座らせると、窓際へと寄りかかった。


『ねえ、本当に腹が立つよね。人間って勝手でさ。僕たちの事を、いつだっていいように使うのだから』


 僕たち。それは私の事も含めて言っているのだろうか?


「私は利用されてなんて、いない」

『どうしてそう言い切れるのさ?』


「どうしてって、そんな。私に何の価値があるというの?」

 ただの、小娘が次期巫女王だなんて、そんな話し……あるわけがない!

 あるわけがない! あるわけがない! 

 そう強く拒否しながら、頭を振り続けた。


『あるさ。大有りだ。今の話しをちゃんと聞いていただろ? その証拠にレオナルは君を抱かないでしょ』

「抱っ……!?」

『いくらでも機会はあっただろうにさ。ね?』

「それとこれが何の関係があるっていうの」

『巫女は処女じゃなきゃダメだからね』


 いつの間にか、側に立っていたスレン様は私の顎を持ち上げると、そうしみじみと呟く。


「ねえ、あなたはだれ? 誰なの?」


『僕は僕だよ』


「納得できません」


『どうして僕たちの言葉で話さない? 大魔女の娘』


「……。」


 唇の端を釣り上げたのが、闇の中、うっすらと見えたが瞳は笑ってない。


『今さら、そちら側に留まっていたくなったの? 僕たちをいいように使う事しか、考えていない奴らの側に』


 そんな事はない。

 認めたくない。必死で首を横に振った。


 苛立っているのが伝わってくる。

 それは静かに夕闇が迫ってくるのに似ていた。


『僕は風。忍び寄る夜の闇。空から零れ落ちる雨の雫でもあるね』


 万物のひとつだよ。

 君もね、フルル。

 本当は知っているくせに。


 首を両手で包むようにして、瞳を覗かれる。

 その瞳は闇を映していた。

 私と同じだ。


『僕はもう嫌なんだ。彼女たちから、置いて行かれるの何て……。』


『置いてゆく?』


『それは辛い。ひどく辛いよ、フルル。誰一人として僕とは、ずっとは居られないんだ。そのくせ、軽々しく永遠を誓うなどと言い出すんだから! 人間はどうしてああも、もろくて儚い造りをしているんだろうね?』


『スレン様?』


『フルル。君もそんな悲しみを覚悟してレオナルの側にいられるの? 時に連れ去られて行くにつれ、彼らの向けるなんとも言えない……あの、瞳に耐えられる? フルル、レオナルもそうだよ。時にさらわれ行く運命の者』


『そんなこと……。』


『僕はもう嫌だ!! 耐えられない!!』


 スレン様が叫んだ。

 その叫び声があまりにも悲痛で、私は耳を塞ぐ。


『ねえ。今度こそ僕を選ぶよね? 僕の花嫁』


 ――シャル・メイユ。


 我が花嫁と宣言された途端、身動き出来なくなる。


 差し出された手のひらだけが、闇の中で浮かんで見えた。



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