大地主と大魔女の娘


 いつもは恥ずかしがって、どうにか逃れようとするカルヴィナだが、今日はやけに大人しい。

 そこにも違和感を覚える。

「カルヴィナ?」

『ええ、そうです。私は夜露(よつゆ)です』

『俺の 夜 露(シャル・カルヴィナ)』


 夜の間に落ちる雫を味わいたくて、唇を寄せる。

 俺の熱が伝わっても消えることのない淡雪の肌が、いよいよ幻ではないと教えてくれた。


『ええ、夜露です』

『俺が名付けた』


 そう囁くとカルヴィナの体が一瞬、張り詰めた。


『ええ……。あなた様が付けた名前です』

『では、それを真の名にしてくれるのだな』


 俺の頭を胸に抱きとめながら、カルヴィナが息を呑み込む。


『あなた様が、こよ、今宵、私をっ……。』


 泣き出すのを堪えながら、苦しそうに言葉を紡ぐ。

 その言葉の先をただ待った。

 促すのもかわいそうな程、カルヴィナが思い切ろうと気持ちを固めているのが分かる。


 ―― だ い て く だ さ る の な ら ば 。


『カルヴィナ?』


 間違いない。これは夢だ。

 夢でもなければ、カルヴィナがこのような事を口にするはずがない。

 自分で進んで口にしておきながら、震えているような娘だ。

 何がそこまで決心させた?


 暗がりの中、目を凝らしてその表情を読み取ろうと見つめた。

 頬を包むようにすると、震える指先を重ねられた。


『カルヴィナ、どうした? 誰かに何か言われたのか? そうなのだな』


 ここ数日、姉の家に預け置いたままでいたのだ。

 そのせいで、ひどく不安にさせたのだろう。

 体を起こし、膝に乗せるようにしてから抱き込んだ。


『レオナルさま……。』

『わかった。ずっとこうやって抱きしめておこう。だから安心してくれ』


 抱きしめながら、その背を撫でてやった。

 本当なら、言われるままに自分のものにしてしまいたかった。

 そうしてしまえばいい、と囁く声をどうにか振り切る。

 今ここで奪ったら最後、カルヴィナを芯から怯えさせる事だろう。

 誰かにそそのかされて俺を誘った事が、カルヴィナの真の望みではないのが分かる。

 奥歯を噛みしめ唸るしかない。


『だ、だいてくださるの?』


 棒読みの台詞に内心苦笑した。たまらない程の可愛らしさだった。

 愛しさが募りゆく。


『カルヴィナ、男を試すものではない』


 うち震えながら涙を溢れさせる姿に、胸が締め付けられた。


 
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