大地主と大魔女の娘
巫女王様にしがみついて、けっしてこちらを見るまいとしている、その背中めがけて。
その視線をどうにかしてこちらに向けてやらねば、気が済まない。
荒々しい靴音を響かせて近づいた。
だが、それを遮るかのように、神官長が俺の前に立ちふさがる。
そして俺を睨み据えたまま振り返らずに、優しい声を聞かせるように声を張り上げた。
「おお、嬢様! この者も礼儀がまるでなっとらん。このジジイの躾が、なっておらんかったようですな。お許し下さいませ」
言いながら、杖の先を俺へと振りかぶった。
既に身を屈めて礼を取る、団員達の視線も集中する。
「レオナル! 立場をわきまえんか!」
「じいさん」
「阿呆っ! 即刻、礼を取らんか!!」
じいさんこと神官長がいきり立って杖をうち鳴らす。
少女が声を発さずとも「怖い」と訴えている。
ただひたすらに、体を丸めているだけだが、きっとべそをかいているに違いない。
「神官長、乙女が怯えた」
「ぃやかましい!!」
青筋を浮き立たせて、じいさんが言い返してきた。
高齢者を、あまり興奮させない方がいい。
どこかが切れて、ぽっくり逝かれても後味が悪い。
そう思ったから、素直に片膝を付いた。
視線を向けると、じいさんが睨みつけていたので見返してやる。
オマエの言い分は聞いてやる。
だが、後でだ。
そのような無言の圧力を感じた。
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『そんなに怖がらなくっても大丈夫だよ。ほら、ごらん。皆、君に礼儀を尽くす者ばかりだから。――そうでない者は皆、それなりの罰を受けるだろうさ』
スレンはさも愉快そうにあざ笑いながら、顎をしゃくり上げて俺たちを見た。
そんなスレンに促されて、少女はそっと跪く男たちを見渡した。
皆が頭を垂れる中、俺だけはそうしなかった。
何故だろうか。
そのスレンの手つきが腹立たしくて、憎しみ込めて見つめていた。
だが、それだけだ。
ただ、それだけ。
それ以上の反撃ならないのが、癪に障る。
スレンを睨みつけていると、少女が怯えた眼差しを向けたまま、固まった。
しまったと想っても遅かった。
再び、彼女は巫女王様へと抱きつき、こちらに背を向けてしまった。
少女とは間違いなく、一瞬目があった。
深く闇をたたえた瞳。
潤んで、焦点すらも定まらず、揺れる眼差し。
真夜中の湖面のような風情。
はっと鋭く息を飲まずにはいられなかった、というのに。
その瞬間に逸らされた……。
違う、誤解だ、頼むから今一度、こちらを振り向いて欲しい。
切実にそう願ったが、娘は振り向いてはくれなかった。
ただひたすらに、この場に背を向けて身を固めているのがわかった。
その時の気持ちを言い表すのならば、落胆といえばいいのだと思う。
次期、巫女の頂点に立つという少女の、あまりの繊細さに先行きを危ぶんだ……からだ。