大地主と大魔女の娘

ふと、頬を撫でる風に誘われて、そちらに顔を向ける。

 気持ちの良さそうな庭だ。

 少し風に吹かれたら、気持ちも落ち着くかもしれない。


「スレン様」

「ん?」


「お庭、見てきてもいいですか。少し一人になりたい」

 そう告げて、返事をもらう前にすでに立ち上がっていた。

 ふらふらと風に誘われるままに進むから、足元はよく見ていなかった。

 つまづきながらも、こりもせず庭だけを見ていた。


「いいよ。でも、この庭から出ないようにね」


 スレン様はそう言って送り出してくれた。


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 何となく、惹かれるままに散策した。

 今日はこの時期にしては、暖かい方だと思う。

 ショールを羽織らずに来てしまったけど、風が心地よく感じられる。

 背を日差しで温められて気持ちよかった。

 小さな花壇には薬草が花を付けていた。

 それを見て、地主様の屋敷に作ったままの自分の畑を思い出した。

 誰かちゃんと面倒を見てくれるといいのだけれど。

 そしてたまには、地主様の食卓にのぼるといいのだけれど。

 あれは健胃に役立つ。噛むと口中がさっぱりするし。


 そんな風に心を残してきた自分がどうにもならなくて、ため息が漏れる。


 小さくも頼もしい存在に指先を這わせてから、その場を離れた。


 微かに水音がする。

 それは空気を震わせる。

 微かな波紋が空気を介して伝わってくる。


 先程から、どうにもそちら側が気になって仕方がない。

 視線で探るが、木立が見えるばかりだ。

 惹かれる先に、何があるのか見当も付かない。

 でも気になる。向こうに行ってみたいという気持ちは、抑えられなかった。

 庭からは出ないようにとは言われたが、どこまでが庭なのか何て解らない。

 振り返って見ると、自分が後にした部屋がずい分と小さく見えた。

 まあ、あまり遅くならなければいいだろう。


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