大地主と大魔女の娘
『ありがとう』
長くすんなりとした首を屈めて、耳の後ろを押し付けてくる。
掻けということだろうか。
何て可愛い。
デュリナーダと名乗った獣を言い表すのならば、角を持たない山羊と例えたらいいだろうか?
しかし山羊にしては大きすぎるし、毛並みも豊かすぎる。
それに蹄も無い。足は強く駆け抜ける獣のそれで、肉球があった。
こんな生き物、生まれて初めて見た。
何て不思議な存在なのだろう。
しげしげと、その賢そうな瞳をのぞき込んだ。
それは真っ黒で長いまつ毛の下、くりくりとよく動いた。
そこだけは私と同じ色合いだ。
私はすっかり気を良くして、この獣が好きにならずにはいられなかった。
耳の後ろから、胸元をくすぐってやると、獣は目を細めてくれる。
ますます嬉しくなって、知らず笑い声を上げていた。
『そなた、名は?』
『エイメです』
『娘(エイメ)? 真の名にあらずな?』
『ええ、もちろんよ。雪原の風(デュリ・ナーダ)こそ』
デュリナーダの体中の毛が、一気に空気をはらんで逆立つ。
一瞬、真名に触れようとしたせいで、怒らせてしまったのかと思った。
思わず身体を離したのだが、デュリナーダの眼差しは私を通り越していた。
「デュリナーダ!!」
息を切らした声が獣の名を呼んだ。
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振り返ると、驚きに目をみはるシオン様がいた。
「また、あなたか」
そう小さく呟いた声を私は聞き逃さなかった。