大地主と大魔女の娘

獣を魅了するもの



 私は身構えてデュリナーダに抱きついた。

 デュリナーダも緊張しているのが伝わってくる。

 静かに唸り、口の端が持ち上がった。真っ白い牙がのぞく。

 そんな獣をなだめるように、そっと首筋に指を絡ませた。


『いい子ね、デュリナーダ。大丈夫よ』


 そっとその耳元に言って聞かせると、唸り声が少しだけ和らいだ。

 ほっとする。真っ黒い瞳が私を見つめてくる。

 それに強くひとつ頷いて応えると、デュリナーダを背に庇うようにした。


 シオン様は明らかに不機嫌だった。


 二度も出くわしたのだ。

 私にとっては見知らぬ場所でも、彼らにしてみたらいわば自分の領域だろう。

 もしかしたらここも、立ち入ってはならない場所なのかもしれない。

 私のような新参者は特に。


 ここもまた神聖な場所なのだろう。

 デュリナーダの様子を注意深く観察した。

 どうやら、そんなに心乱してはいないようだ。

 ひとまず安心する。


 獣というものは人の抱くものを、ひどく敏感に察知する生き物だ。

 こちらの心が乱れると、獣たちの心も乱れる。

 能力と力に恵まれた存在を、そのような心持ちにさせるのは、あまり得策とは言えない。


 その辺は「一角の君」との出来事で学習済みだ。


 でも今、シオン様は確かに獣の名を呼んだ。

 例えそれが真名では無いにしても、この個体に与えられたものだ。

 デュリナーダに対して、良くも悪くも影響がある。


『デュリナーダ、その、シオン様とはお友達……?』


 そう尋ねると、獣は耳を後ろに思い切り倒した。


『違う! コヤツは術者だ!!』


 鼻息も荒く、牙を剥き出しにして否定された。


 興奮し出したデュリナーダの背を撫でさすってやる。

『じゅつしゃ?』

『我を従える者。否――従えていた者』


 聞き慣れない言葉に尋ね返すと、驚くような答えが返ってきた。


 術者。おばあちゃんから聞いたことがある。

 何でも「力」で獣を使役する者達がいる、と。

 力で獣の自由意思を奪うという。

 私には信じられない、いや、信じたくない話しだった。


 一気に警戒する心が高まった。


 デュリナーダを隠し込むように、いっそう前に出た。

 もちろん、気持ちの上でだけだが。

 デュリナーダの方が丈がある。


 シオン様の眼差しと真向かう。


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