大地主と大魔女の娘
彼は頭を二、三振るとこちらを真っ直ぐに見据えた。
澄み切った瞳の青はまるで氷のよう。
透明感はあっても、水のように指先を浸すことが出来ない。
術者。
その言葉に身体が強ばる。
怖い。ぶたれるかもしれない。
それくらいの怒気を感じ取れる。
思わずすくみそうになりながらも、心を構えた。
奥歯を噛み締め、決意を眼差しに込める。
術者。力で獣の意思を奪う者。
デュリナーダを渡してなるものか。
シオン様は慎重に近づいて来る。
「……デュリナーダ」
静かに彼は呼ばわった。
獣は唸り声で返しただけだった。
シオン様は唇を引き結ぶと、腰元の剣をスラリと抜いた。
その輝きに来るべき一瞬を思って、固く目をつぶった。デュリナーダにしがみつく。
だが、次の瞬間耳に届いたのは、とても鈍くこもったものだった。
ザクリといくらか鋭いが、人の靴音とそう変わらない。
ぱっとそちらを振り返ると、剣はシオン様の足元の地面へと、真っ直ぐに突き立てられていた。
その剣の柄に両手を重ね置くと、シオン様が瞳を伏せた。
風が巻き起こる。まるで、地面から湧き上がったようだった。
空気が変わる。
何かを含んだ空気をはらんで、シオン様の髪が、マントが、舞い上がった。
「我――シオン・シャグランスが眼前の獣よりも高みに立つ」
その途端、デュリナーダは腰を上げた。
四肢を突っ張らせて、身構える。
シオン様の集中は続く。
「その獣の名はデュリナーダ。
冷気を含ませた風をまとい 従え歩く者。
この者を魅了し 縛るは永遠の疾風。
吹きすさべ 全てをなぎ払う風よ。
さらうは彼の者の魂。
行き着くは デュリナーダの魂の在処。」
朗々と彼は声を張り上げて、唱え続ける。
そこに「力」が存在して作用しようとしているらしい、という事が朧気ながらも伝わってきた。
残念ながらというべきなのか、詠唱の内容通りにはいっていないようだが。
それでもハラハラしながら、様子を見守る。
デュリナーダはくわぁああと、大きく口を開けた。
どうやらあくびをしたらしい。
ずいぶんと余裕の態度だ。
『効かぬよ』
デュリナーダは宣言した。
『もう効かぬ!』
獣は勝ち誇ったように、後ろ足で立ち上がってみせた。