大地主と大魔女の娘
詠唱を諦めたシオン様が、地面から剣を引き抜いた。
切っ先に付いた土を拭うと素早く鞘に収める。
「エイメ様。あなたは何をなされたのですか?」
「何? 何も」
獣と顔を見合わせる。
デュリナーダは再び大きく口を開けると、私の髪をくわえてしまった。
完全にシオン様をバカにしているようだ。
「デュリナーダ、イタズラっ子ね」
髪をまとめるリボンは、あむあむと噛まれて引っ張られてしまった。
ほつれた一すじが、はらりと頬に落ちる。
『美ひぃ』
あむあむとリボンの端を口に含んだままで、デュリナーダが褒め言葉を寄こす。
『ありがとう』
「あなたの色が獣を魅了するのですか?」
「え?」
何を言われているのか解らなかった。
思わず振り返る。
勢いがあったせいで、するりと完全にリボンが引き抜かれてしまった。
髪がほどけ落ちる。
シオン様は、軽く目をみはったようだった。
だがすぐに眇められたから、日差しのせいだろう。
私の色のせいかもしれない、などという不安は無理やり封じ込めるに限る。
「あなたの、色が……。獣の心を惹き付けるのですか?」
やっぱり意味がよくわからなくて、シオン様を見上げるだけだった。
そんなシオン様にデュリナーダが答えた。
リボンの歯ごたえが気に入ったのか、相変わらずくわえたままで。
『ふぉれだけであるか、バかァめ』
『デュリナーダったら』
そっと、デュリナーダの口からリボンを引き抜くことに成功した。
首に結びつけてやる。
獣は首をそらせて、胸を張ってみせた。
お気に召したようだ。
「エイメ様?」
「それだけでは無いそうです」
「今、デュリナーダがそう答えたのですか?」
「はい」
『エイメよ。このバカ者に、ひとつ伝え忘れておるぞ』
「それはできないわ、デュリナーダ」
「この獣をエイメ様の助けに御用だて下さい。それでいいのだろう、デュリナーダ?」
『貴様に言われるまでもない』
そんな事できる訳がない。ぶんと、首を横に振った。
白い獣は身体を押し付けてくる。
「この獣はもう俺の言うことに耳を貸しません。ただ、あなたに関すること以外」
「そんな事って……。」
どうして言うことを聞かせるなどと言うのだろう。
ひどく不快だった。
ああ、そうだと思い当たった。
キーラやフィオナに言われて、何となく違和感を覚えた理由。
――従えてやりたい?
従えるってどういう事だろう。
そんな関係はあんまりいい感じがしない。
でもそれが神殿の流儀なんだろうか。
そう思ったから疑問は口にしなかった。
どう答えたものかと考えこんでしまう。
言葉が見つからない。
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・
パァン! パチパチパチパチ……。
急におくられた拍手に、驚いて振り返った。
「やあ! すごいな! 我らが巫女王候補サマは」
そこで飛び込んできた人影に、私は思考ごと凍りついてしまう。
「レメアーノ。……団長」
シオン様が苦々しく呟いた。
デュリナーダが私の頭のてっぺんを甘噛みしてくる。