大地主と大魔女の娘
その様子に感心したのか、レメアーノは興奮気味に手を打ち鳴らした。
「やあ! すごいな! 我らが巫女王候補サマは」
少女はこちらを振り返った。
ほどけ落ちた黒髪が肩に流れている。
獣はなおも、その髪に、頭にと甘噛みを繰り返している。
少女はといえば放心していて、獣の好きなようにされるがままだ。
「レメアーノ。……団長」
シオンが発した言葉で我にかえったのか、あからさまに表情が強ばった。
急に声をかけたから驚かせてしまったのだろうか。
だが、それだけでは無い気がする。
少女は警戒している。ひっそりと押し殺すように。
獣の首筋にすがり、息を詰めている。
「お探ししましたよ、エイメ様。お姿が見えないと巫女たちも心配しておりました」
レメアーノが努めて優しい調子で話しかけたが、少女は少しも警戒を解かなかった。
むしろ、俺たちが近づくにつれ、いっそう警戒を募らせるようだ。
何がそこまで身を竦ませるのか。
凶暴と言われる獣には恐れもせず、身を預けておいて俺たちは恐るというのか。
あなたを守ると誓ったのに――。
思わず責めるような目を向けてしまう。
少女は震え出してしまった。
恐怖を押し隠せなくなってしまったらしい様子に、慌てて跪く。
目線を合わせようとしたが、少女は俯いて獣へと顔を埋めてしまった。
けしてこちらを見ようとしない。
全身で拒絶されている。
その事実に舌打ちしたくなった。
だが、苛立ちは奥深くにしまい込む。
言葉を頭の中で選んでから、慎重に声を発した。
「エイメ様。あなたの姿が見えないと巫女たちが探しておりました。戻りましょう。お供致します」
「申し訳ありません。あの、今すぐ戻ります。一人で……だいじょうぶ、です」
その一言で、少女の俺への拒絶は確かなものとなった。
少女は俯き加減のまま、視線を泳がせていた。
目当てはこれ―― 杖だろう。
俺の方が腕が長く、素早かった。拾い上げた杖は、自身の腰帯へと差し込む。
「あの、杖、返して、返して下さい」
精一杯、小さな手のひらを伸ばしてくる。
そんな少女の手首をつかんだ。そっと。
大きく見開かれた瞳に、光る雫が盛り上がる。
引き抜こうとされたが、それは余りにも弱々しかった。
抵抗に気がつかないふりをする。
『何をする! エイメに触れるでないわ!』
獣が身を乗り出してきたが、やんわりと制した。
「獣殿も聞いてくれ。エイメ様の御身に関わる事だから」
穏やかに告げると、獣は聞いてくれる気になったようだ。
『何だ。言ってみろ』
フン、と鼻息も荒く促される。
「エイメ様。どうかご自身の置かれた立場をご理解下さい。そして、我々の立場の事も」