大地主と大魔女の娘
何を言い出すのだろう、この人は?
何を言われているのか、全く浸透してこなかった。うわ滑るだけ。
この人は記憶を無くしてしまったのでは無いの?
そうなのかもしれない。
人の気持ちは操れない。それはスレン様も一緒だ、と言っていた。
だが「記憶」は別なのだという。人は忘れるものだから。
しかし、それは奥底に沈めてしまうという事なのかもしれない。
ふと、思い出してしまう夢の断片のようなもの。
覚えていない。覚えていないが蘇ってくるもの……。
あたたかな手触りの記憶。
瞳を伏せた。
赤ん坊だった頃までさかのぼって、覚えている人なんていない。
覚えていないからといって、無かったことには出来ない。それが記憶だ。
それほど深くに押しやったもののはずなのに、この人は微かに私を覚えているのだ。
だから、固執してくるのだろう。
落ち着かなければ、と自分自身に言い聞かせた。
まずは深呼吸をと思うのだが、ビックリしすぎてなかなか上手く行かない。
じくりと胸が疼く。顔が熱い。
真っ直ぐに見つめてくる視線のせいもあるし、シオン様の訝しそうな視線に加え、何やら熱心に見守ってくる神官長様とフィオナとキーラの注目を浴びているせいもある。
デュリナーダが立ち上がった。
私を背に庇うように身を乗り出す。レオナル様の視線を遮ろうと言うのだろう。
『ふん。我が居る。このデュリナーダが!』
『獣殿。そこをどいて頂こう。俺はエイメ様と話しているのだ』
口調こそ穏やかだったが、そこには確かに怒りが込められていた。
『いいや。譲らん!』
身体の大きなデュリナーダが身を乗り出すものだから、テーブルにぶつかった。
がちゃん! と音を立てて茶器が倒れてしまう。
それを素早く支えてくれたのが、神官長様だった。慌てる様子もなく、目配せひとつ送る。
シオン様も心得たものでテーブルを支えると、引き抜く形で移動させてしまった。
それをまた手際よく引き受けたのが、キーラとフィオナだった。
連携作業の流れ良さに感心する。
それと同時に、この神殿で起こってきた数々の出来事に比べたら、これくらい何ともない事なのだろうかとも察した。
ただ、慌てふためくしか出来ない自分を恥ずかしく思った。
せめてデュリナーダを落ち着かせようと、声を掛ける。