大地主と大魔女の娘
『デュリナーダ、ね? いい子だから落ち着いてちょうだい。ね?』
『嫌だ嫌だ嫌だ! こやつは嫌だ! 我こそがエイメの側に居るのが相応しいのだ!』
そっとためらいがちに置いた指先も、あまりにかぶりを振るから解かれてしまった。
地団駄を踏む獣の仕草は幼いが、いかんせん彼は立派すぎる。
ついには後ろの長椅子も倒してしまった。
『デュリ、デュリナーダ!』
止めさせようと両手をさし伸ばした所で、やんわりと肩を掴まれた。
驚いて振り返れば神官長様だった。その瞳に焦りは無いが、何とも言い難い表情があった。
さしずめ「やれやれ」と言ったところだろうか。大きな駄々っ子を前にどうしたものかと思案しているようにも取れる。
ふと、目の前に手を差し伸べられていた。驚いて見上げるとレオナル様だった。
テーブルがなくなったため、いつの間にか横に回り込んでいたらしい。
『獣殿は興奮しているようだ。エイメ様、危ないですからどうぞこちらへ』
その手に手を重ねる事はためらわれた。だが、そっと背を押されて少し前のめりになった所を、うまい具合にすくい上げられてしまう。
私をレオナル様に引き渡した神官長様が、今度は私の前に出た。
『落ち着かれよ、獣殿。そのように荒ぶるようでは乙女の側に身を置くことなど、到底許されますまいよ』
静かな、威厳のある響きだった。それでいて優しい何かに溢れている。
デュリナーダはいくらか落ち着いたようで、地団駄は止めた。
足元に寄った敷物を、前足で伸ばすように戻している。少し、恥ずかしそうに見えた。
『エイメ、エイメ』
すがるような眼差しで、デュリナーダが私を呼んだ。
『いい子ね、デュリナーダ。あなたはずっとお利口さんにしていたじゃない? どうしたの?』
私を求める獣が愛しく、また哀れだったのですぐに側に寄ろうと一歩踏み出す。
『おお、エイメ! 我はずっとイイコだぞ! エイメをこうやって嫌な奴らから守ろうとしている』
『ええ、ええ。そうね、お利口さん。いい子は抱っこしてあげるからね? そこで大人しくしていてね』
デュリナーダの言い分に苦笑してしまいながらも、愛しく感じた。早く側にいってあげなければ。
だが、やんわりとそれは阻止された。しっかりと掴まれた手によって。
驚きと非難を同時に込めて見上げる。レオナル様の眼差しとぶつかった。
そこに宿る光は優しく、非難は見当たらない。でも、きっぱりとした意思があった。
「いけません」
言い方も声音も丁寧だった。