大地主と大魔女の娘
でも私には、かつてよく言われた言葉「駄目だ」と同じに聞こえる。実際そうだろう。
「なぜ?」
「獣殿は興奮している。あなたの御身に何かあったら大変です」
「ご心配にはおよびません」
「エイメ様」
「手を……。放してください」
「エイメ様」
「いやです。放して」
何も心配する事などないのに。もう、地主様の言う事なんかきいてやらない。
ささやかな反抗だった。
彼を仕える地主様と仰いだ娘は、もう居ないのだ。そう自分に言い聞かせた。
きっぱりと彼の手を拒絶する。だが解放される事はなかった。
逆に強く握られてしまった。ムッとして見上げると、彼も同じような顔をしていた。
負けるものかと踏ん張る。手を引く。たやすく封じられてしまう。負けずに今度は体ごと引っ張る。
もちろん、無理だった。おまけによろめいてしまった。しまったと思ったが遅かった。既に彼に肩を支えられていた。
それ見たことか、と言いたげに見下ろされて悔しくなる。思わず唇を噛み締めた。
距離を置くために一歩下がる。
ふいにじくりと右足に痛みが走った。
一瞬、視線をそちらに落としてしまう。でもすぐに痛みはおさまった。
ホッとして視線を上げると、妙に静かな眼差しがあった。
変に思われたのだろう。再び、負けるものかと表情を引き締めた。その時。
「失礼いたします」
「え?」
ふわりと身体が浮いた。
「え? え? あれ?」
あまりに急だった。何が起こったのか。
ゴワゴワして嫌な手触りの布が腕に当たっている。膝裏にも。
ひょいと抱き上げられてしまったのだ。
「下ろして……。」
かろうじてそう口に出来た頃には、すでに椅子に下ろされていた。
皆で囲んでいたテーブルからほんの少し離れた椅子に。
レオナル様の足でおおよそ、五、六歩ほどの距離だ。
「失礼をお許しください。痛みますか?」
「いいえ。どこも」
目線を合わせてのぞき込まれる。ゆるく頭を振って答えたが、その眼差しは本当に? と言いたげに問い掛けてくる。
ためらいがちに伸びてきた手は、そっと足元を指す。触れるか触れないか、というわずかな間に緊張した。幾度も首を横に振ってみせる。
『エイメに気安く触れるでないわ!』
デュリナーダが再び足踏みを始めてしまった。頭を低く構えては、高く持ち上げてを繰り返す。
視線は迷いなくレオナル様だ。
「獣め。いい加減にしろ、オマエのせいで……っぷ!」
「余計な事は言わないで、シオンっ・様!!」
苛立った声を上げたシオン様の口元にクッションが押し当てられた。フィオナだった。そのクッションを放ったのはキーラだ。
ここでまた何か見事な連携があった気がする。