大地主と大魔女の娘
女の子はランプを片手に先に行く。
静まり返った回廊に小さく響く足音が重なる。後を追うのは私のつく杖の音だ。
「どうして巫女ひめさまは足が悪いの? 怪我したの?」
どうしても一緒について行くのだと言い張ったキルディが、思い切ったようにそっと尋ねてきた。
「うん、そうよ。怪我したの」
「治らないの?」
「もう治っているよ」
「……それで治っているっていえるの?」
「そうねえ。これ以上は良くならないから引きずるしかないみたい」
幼い好奇心は徐々に気遣いに変わっていく。つないだ手にいっそう力が込められた。
「痛い?」
「ううん。もう痛くないよ。それにここに来てからずいぶんと楽になったよ」
「本当?」
「ええ。皆様、色々手を尽くしてくれるおかげかしら。すごく楽なのよ」
それは本当だった。変に引き攣れたり、たまに痺れることもあったのだが、ここ神殿に上がってからそれに悩まされることも無くなってきた。
キルディとおしゃべりしながら進んでいると、ふいに女の子が振り返って立ち止まった。
追いついてのぞき込むと、女の子もぎゅうと手を掴んできた。
「なあに? どうかした?」
真剣に見つめてくる眼差しが、闇の中でも輝く。
『エイメ。もうじき』
女の子の唇が淀みのない古語を紡ぎ出す。
『うん』
『もうじきそれくらいの傷痕じゃあ、あなたをこちらに止め置けなくなってしまう。大魔女のせめてもの抵抗を、あなたに与えようとした選択の余地を無駄にして欲しくない』
『何……? 何のこと』
『あの日。あのお祭りの日。彼のものになれていたら良かったのに。いいの、エイメ? 本当にいいの? 私たちとあるのが本当の幸せなの?』
『……ええ。そうよ』
『嘘つき』
その言葉は鋭く私の胸をえぐった。
そして女の子の瞳もまた、傷ついたように見えた。ひどく痛いものを抱え込んだような。
『そうかもしれない。でもこれ以上、誰も傷つけたくないの』
『確かに彼は先々――あなたといる事で胸を痛めるかもしれない。だからといってそれが何なの? 忘れているからといっても無かったことには出来やしない』
『ねえ、あなたは誰? 何を言っているの?』
泣きそうになりながら尋ねた。
女の子は頭を振って見せるだけだ。
『お願い。間違わないで森の娘。あなたが間違うとスレンも間違ってしまう』
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女の子は言うだけ言うと手を放し、後は背を向けた。そのまま迷いなく歩き出す。
私は後に続くしかなかった。キルディも黙って付いてくる。
「さあ、ついたよ」
女の子はランプを高く持ち上げた。