大地主と大魔女の娘


キィン――!

 ぶつかり合う剣の音たびごとに、身体がすくむ。

 砂埃が舞い上がり、二人の剣士の動きが止まった。双方、にらみ合ったまま出方を窺っている。

 並々ならぬ緊張感はこちらにまで伝わってくる。

 風が吹きつけてくる。その瞬間、飛び出したのはシオン様だった。


 ガキリと聞いたこともないような、不穏な音がした。目を見張る。

 シオン様が打ち込んだのだ。相手はそれを手首で受け止めていた。

 幸い、その手首は甲冑(かっちゅう)で覆われていたが、剣士の表情は苦しそうだ。

 そこに追い打ちをかけるように、シオン様の剣が圧してゆく。


 怖い。このままでは、剣が腕を――! 思わず俯いてしまう。

 目の前で繰り広げられる戦いを、とてもじゃないが直視する事が出来ない。


 自分の足元を見つめてから、固く瞳を閉じた。その時、肩をそっと揺すられた。

 顔を上げると神官長様が、私をのぞき込むようにしている。その表情はどこか寂しそうだ。


「神官長さま……?」


 どうされたのだろうと、心配になって尋ねると、目を細められた。

「目を離さんでやってくれ。そらさずに」

「え?」

「それだけで男は底力を発揮できるもの。ここにおる者達は皆、あなた様方のために命をかけて戦っている。その覚悟を汲んでやってはくださらんか?」

 その口調は懇願と、私を叱咤するような響きを持っていた。

 命をかけて。

 その言葉に息を呑む。ますます怖じ気付く心を叱咤して、どうにか顔を上げた。


 シオン様は圧し続けている。相手の剣士が腕を振り払った。どうにか。

 その次の瞬間には、シオン様の剣は相手の胴体へと叩き込まれてしまった!


 これまた重く鈍い音がして、相手の剣士が膝を付いていた。


「勝負あった!」


 思わず上げそうになった悲鳴を、どうにか自身の手で封じた。

 その代わりに大きな歓声が四方から上がった。大きな、たくさんの拍手と共に。

 そこには落胆の声も混じっている。それをも飲み込んで、歓声は上がる。


 シオン様が崩れ落ちた剣士に、手を貸して立たせ、二人揃って前に歩み出た。

 二人とも、礼を取る。

「勝者、シオン・シャグランス!」


 神官長様が高らかに宣言した。その途端、再び歓声が熱気と共に上がった。


「お見事でした。残念ながら敗者となった貴方も、素晴らしかったわ」


 巫女王様が労うと、二人とも深く頭を下げて言葉を受ける。


「エイメ様。さ、二人の騎士にお言葉を」

「あ……。」


 ほうけていた私を神官長様が、そっと促す。


「お二人ともお見事でした。それで、その、あの、お、お怪我は大丈夫ですか?」


 思わず口をついて出た言葉に、名も知らない騎士様が驚いたように顔を上げる。


「は。これしき何ともありません。エイメ様自ら、お声を掛けていただけるとは……! このシグナ、これからも精進して行きます!」

「シグナ様、あの、早く手当をしないといけません」

「もったいないお言葉、感激でございます!」


 このシグナ様からは、熱のこもった眼差しを向けられた。


 そして、シオン様からは何故か睨まれてしまったような……気がする。




< 440 / 499 >

この作品をシェア

pagetop