大地主と大魔女の娘


目の前にいたはずの白い獣の姿は真横に吹っ飛び、代わりにあったのはしなやかな四足と、左右に揺れ動くこれまた白い毛並みの尾だった。


『アホウ。この男の心意気を知れ、浅はかな下等が!』

『心意気だと? そして貴様は何だ!』

『下等に名乗ってやるいわれなど無いわ』


 ブルルルルルルル―――!

 獣は長く鼻を鳴らすと、蹄をうち鳴らすように振り返った。

 美しく優美な獣は一見、馬のようだが、その額には捻じれた角が生えていた。

 凶暴と名高い幻獣の乱入に、誰もが息を呑む。


 突然現れた獣は、その一角を俺に向け、下から睨みつけるように見据えてきた。


『苦戦しておるようだの』


 一角の獣が呟く。馬鹿にするでも無く、ただポツリと俺に話しかけてきた。

『ああ。だが、大したことではない。俺は勝つ』


 不利を素直に認めた。視界を遮る汗と、血を拭いながら。

 獣は顎をしゃくるようにすると、荒々しく息を吐いた。

 見下すように、見定めるように、じっと眼差しを寄こす。


『何を根拠に、そのような戯言をほざく?』

『約束したからだ』

『約束?』

『そうだ』

『誰と、何を?』

『エイメ様に。必ず勝つと約束した』


 一角持つ獣は探るように俺を見つめ、それから盛大にため息を吐いた。


『おおぅ。厄介だの。我がいじれぬ術の領域に巻かれおってからに。我のエイメを悲しませおって』

『何だと?』


 意味の解らない呟きと聞捨てならない言葉に聞き返したが、あっさりと無視された。


『地主』

『何故その呼び名を知っている?』

『そんな事、今はどうでもよかろう。貴様はエイメの何ぞ?』

『……お仕えする騎士だ』

『フン。その答えに疑問を持っているな。良かろう。まだ救いがある。エイメのためだ。まずは、邪魔者を排除するぞ! 我らの戦いはそれからだ!』


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・


 キィン――――!!


 剣を思い切り振り払った音が響き渡る。

 その余韻が止むまでの時間をいやに長く感じた。


 シオンの手に剣はない。

 俺が飛ばした剣を、一角の獣の蹄が踏みつけた。


 シオンはその場に両膝を付き、苦しそうに呻いた。

 一角にのされたデュリナーダも同じく。


「勝負あった! 勝者、ザカリア・レオナル・ロウニア!!」


 神官長の、興奮からかやや上ずった宣言がなされると、静まり返っていた会場が一気にわいた。

 拍手と歓声の入り交じる中、突如、一角の獣はその場を蹴り上げると後ろ足で立ち上がった。


 ヒヒィィィィィ――――――ンン!!


 人々の上げる熱狂の声を打ち負かすような、いななきが響き渡る。


『さて、邪魔者は片付けた。それでは……真の一騎打ちと参ろうか、地主。覚悟はいいか?』


 一角の獣は言い捨てると、こちらに向き合った。



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