大地主と大魔女の娘


 だが俺はその導き出された答えを無視した。

 声は届かなかった。迷いなく、彼女を、彼女だけを見つめて進んだ。

 もう一人のレオナルのしたいようにさせる。

 いつもは手綱を引き結ぶ手を緩めた。ほんの少しだけ。


 これくらい何てことはない。

 許される範囲だろう?

 たかだか上に対する礼を欠くくらい、どうとでもなるだろう?


 彼女を求める気持ちは表現ままらならないほどだから、始末に負えない。


 本当の勝負はこれからだと確信している。

 野心を胸に隠しこむように、体を折り、跪く。

 深く頭を下げて自身の靴先を見た。

「さあ、次代の巫女王から全ての加護を授ける祝福を!」


 拍手と歓声がわき起こり、それが再び止んだ。

 観衆の視線は一心にこちらへと向けられている。

 風が吹いて、凪いだ。

 視界に華奢なつま先が入り込む。

 それから、ふわりと風がつむじを撫でた。と、思ったらそれは彼女の指先であったらしい。

 そのまま小さなぬくもりが髪越しで伝わってきた。

 彼女から放たれる温かさに包まれる。


「勝者、ザカリア・レオナル・ロウニア。素晴らしい戦いでした。どうぞ面を上げて下さい」

「は」

 か細く震える声音に許されて顔を上げたのと同時に、甘く香る風に頬を撫でられた。

 解け落ちた黒髪から立ち上る彼女の香りに、目蓋を伏せる。

 眩しすぎるほどに白い首筋が目の前にあった。

 思わずため息が漏れた。


「どうか私の騎士、ザカリア・レオナル・ロウニアに女神様のご加護がありますように」


 頬へ触れるか触れないかといった柔らかな口付けと共に、耳元にささやき込まれた。

 恐ろしく甘美なご褒美は、獣の腹を満たすには物足りなさ過ぎる。余計に飢えを煽られた。

 強く拳を握り締めた。


「ありがたき幸せにございます。このレオナルの戦いを労って下さると仰るのなら、一つお願いがございます」


「え?」

「まあ! 何かしら。ねえ、エイメ?」

 驚いて尋ね返すだけの少女の代わりに、巫女王様が助け舟を出してくれた。

「図々しいのにも程があるんじゃないの、君?」

「まあまあスレン。いいじゃありませんか! レオナルはよくやりましたもの」

「それで? お願いとやらは何なわけ?」


「は。ありがとうございます。どうか。どうか――このレオナルめからも、巫女姫様に祝福を贈らせていただきたいのです」

 真摯に大人しく、頭を下げて乞い願った。

「まあ! 素敵ね。どう、エイメ? どうしますか? 貴方に仕える騎士からの祝福ですよ」

「え? あ、あの……。」

「エイメ」

 戸惑いの隠せないエイメ様に、巫女王様が笑いかけた。

 ただそれだけで、彼女の背を押してくれたらしい。

 エイメ様がおずおずと頷いて見せてくれた。それから、そっと左手を差し出してくれた。

 誇らしい気持ちで見上げ、うやうやしく受け取った指先の温もりまでが愛おしい。

 溢れる気持ちのまま、唇を落とした。


 それから捉えた手をやんわりと握り締めてから、手のひらを上へと向けるようにした。


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