大地主と大魔女の娘
パァン!!
すぐ耳元で乾いた音がした。左頬に走った疼きは、熱を持ち始める。
味わう角度を変えようと放したわずかなスキに、平手打ちを食らっていたらしい。
驚いて覗き込めば、怒りと羞恥のために頬を紅潮させ、とめどもなく涙を溢れさせている少女の姿があった。
美しい。
思わず見とれた。
その涙を指先で拭うおうと手を伸ばしたが、それは叶わなかった。
思い切り手首を引かれ、背後から羽交い締めにされてしまった。
邪魔者は誰かと首を捻り見ればシオンだった。もっと痛めつけておくべきだったと後悔する。
「そこまでです! 正気ですか、団長!?」
『貴様ぁああ!! 我のエイメに何をする!!』
「ぐっ!」
次いで間に入ってきたのはデュリナーダだった。獣は俺の鳩尾に頭突きを食らわせてきた。
こいつにも情けをかけなければ良かった。
そんな想いを押しやり、俺は拘束されたまま叫んだ。
「俺は本気だ! あなたは巫女の王になどなって欲しくない! 俺の妻になって欲しい!!」
少女は涙を溢れさせたまま、何も応えてくれなかった。
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「君、勘違いしない事だ。君ごときがこの娘に相応しい訳がないだろう? 身の程を知るといい!」
そう言ったスレンから憎悪のこもった眼差しを向けられた。
「嫌だ」
「おかしいよ……。君」
即座に答えれば、スレンの肩から力が抜けたように見えた。
まるで憐れみを向けるような、静かな口調だった。
「スレン?」
「気安く呼ばれる覚え何てないよ。――神官長。コイツはしつけ直しが必要じゃないかな?」
「無論。さ、立て、レオナル。頭を冷やすんじゃ。それから、処罰を言い渡す」
「じいさん」
「神官長と呼べと言うに!」
拘束されたまま、じいさんに引き渡された。
右手首に術を施された鎖を掛けられ、抜け出す事は不可能と成った。
未練がましく振り返れば、立ちはだかるスレンに邪魔されて彼女を見ることは叶わなかった。
「行くぞ」
「嫌だ」
「レオナル!」
「まだ……! まだ、返事をもらっていない!」
「もう黙らんか。いいから行くぞ!」
じいさんが何事かを呟く。ため息と共に。
その途端、右手首の戒めが強く食い込んだ。
そのまま引きずられるしか無かった。
「よいか。大人しくワシと一緒に来い。立ち止まるなら、今度こそ獣の力を借りて引きずるからな」
じいさんの脅しは懇願だった。
頼むから大人しくしてくれという響き。
やんちゃ過ぎる少年に、辛抱強く言い聞かせるかのような物言いは、何か含みを感じさせた。
この場は引くしかない。そう判断し渋々従った。
向かう先はやはり予想通り、地下牢だった。
じいさんは腰帯にぶら下げた鍵を抜き取ると開け、俺を放り込んだ。
ガチャリと重々しい音が再び地下に響いた。
じいさんは何事かを呟くと、右手が軽くなった。術が解かれたのだと知る。
「じいさん」
「待っとれ。たっぷりと一晩な。ワシはこれから貴様の懲罰の審議会に出席せねばならん」
神官長はそう言い捨てると、背を向けて歩きだした。
コツ、コツと靴音が遠ざかって行く。
コツン、といくらか遠ざかった場所で、靴音が止んだ。
「よくやった若造。ワシも……ワシもそうすればよかったんじゃ」
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そうして言い渡されたのは、とりあえず三ヶ月の自宅謹慎だった。
これから次第ではもっと短くて済むかもしれないし、もしくはもっと長くなるかもしれないとの事だった。
見張り付きで強制送還されてから、既に二日経っている。いや、もっとか?
目蓋を閉じる。
気が付けば左の頬をさすっていた。
痛みはないはずなのに、触れる度に胸が痛むのはどうしたことか。