大地主と大魔女の娘

失われたはずの記憶



まただ。

 気が付けば客間の前で佇む自分がいる。


 手には剣を持っている。


 身体がなまらないように鍛錬をしようと思い立ったはずなのに?


 自室かは離れたここに何故、足を運んでしまうのか。

 自身に薄気味悪さを覚え扉に背を向けた。だが妙に心惹かれる何かも感じる。

 それが俺を立ち止まらせた。

 そのまま足はやに立ち去ってしまえばいい。それで済む話だ。

 それを振り切る自分もいる。


 気になるのならば確かめればいいだけの事だ。


 扉を開けた。


 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・


 清潔に保たれた室内は静かだった。

 もちろん人の気配はない。カーテンの隙間から差し込む陽光に細かな塵が遊ぶ。

 静かだ。


「……。」


 ここは来客用としているはずなのだから当然だ。

 だが、何故こうも物寂しさを覚えるのだろう? そこにあるはずのないぬくもりを、気配を必死で期待する自分はどうかしているのだろう。

 頭を振る。

 きっと花も何も無いからそう感じてしまうだけだ。

 そう結論付けても立ち去れずにいる。未練がましく微かな気配を探り当てようとする。


 ふと視線を落とすと、テーブルに置かれた封書に気が付いた。

 こんな所に?

 不信に思いながら手に取れば、ロウニア家宛て、すなわち俺あてだった。


『ロウニア家 御当主様』


 女性用のドレス 十着・37万ロート。

 下着の上下 二十揃い・20万ロート。

 靴 五足・12万ロート。


 以上でしめて69万ロートを確かに領収いたしました。

 またのご利用を心よりお待ち申し上げております。


 ~ パニエルラ店代表・エンドレア・スタナー ~


「……。」



 69万ロート?


 大金だ。

 俺の神殿仕えの給金の、おおよそ二ヶ月分を少々上回る額が記されている。

 それにはこう署名がなされていた。


 ~ 確かに納品を確認した。ザカリア・レオナル・ロウニア ~



 署名の日付はひと月も経っていない。


 何があったのか。

 ルゼに?

 あの、気高い公爵令嬢への貢物の依頼か?

 全く心当たりがない。


 衣装棚を開け放つ。


< 454 / 499 >

この作品をシェア

pagetop