大地主と大魔女の娘
リディアンナと紹介された客と俺とで、打ち合わせなるものを重ねていた。
ほんのつい先ほど。夕刻に差し掛かる頃だった。
「叔父様、急いで下さい」
「リディ?」
「これから……巫女王様がお亡くなりになります」
「リディ。それは確かか?」
「はい。残念ながら」
「そうか」
そう呟き返したのは俺ではなかった。
「おじいさま」
「神官長」
「今はただのジジイと呼べと言っただろう、若造」
乾いた笑い声が耳に残る。
「行くぞ、若造。打ち合わせ通りにな」
「ええ、行きましょう叔父様。けして気を許しては駄目よ。わたくしたちが挑む相手はそれ相当なものよ」
「その者の正体は?」
リディアンナも神官長も顔を見合わせてから、ひっそりと笑っただけだった。
「うかがいしれません」
・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:・。・:*:・。・
静かな気配しかしない。
対峙する奴から、何の熱意も伝わってこない。
これから乙女を花嫁と迎えようとしているのは解る。
しかしその相手にと何故、次代の巫女の王となるべく少女を選ぶのだ?
それでいて、そこに浮かぶ暗い瞳は何とする?
喜びを感じていないのは明らかだ。
巫女王が亡くなり、そして新しい巫女王を迎えようとしているのに?
理解できなかった。
せいぜい、どうしようもない諦めと、儀式に対する執着しか見いだせない。
その事に違和感を覚える。
首を横に小さく振った。
『オマエは、何者、だ……?』
思わず漏らした言葉が、今まで無視してきた疑問へのきっかけとなった。
スレンなどという者など、この神殿に居たことがあったか?
答えは否だ。
『僕は僕だね』
そう言うと、おかしそうに笑った。前髪をかきあげて片目を覆う。
にやりと笑った口元だけが見える。
仮面越しにとらえる奴の存在は、ひどく揺らめいて感じる。
人の形こそしてはいるが、中身のない空虚な木偶。
むしろ、スレンという男の後ろから立ちのぼる何かに警戒する。
闇の中、気配が蠢いてこちらを窺っている。
『オマエは、』
―― 人では無いな?
言いかけた途端、息苦しくなった。
まるで見えない何かに、喉元を首られているかのようだった。
思わず首元をかきむしる。
『そこまでだよ、レオナル。
森の神の威光を借りているとはいえ、
たかだか人の子風情が僕の正体を口にしてはいけない。
命の保証は出来ないから、黙っていて』
『ぐっ……。』
奴から目をそらさずに、片手だけを小さく上げて見せた。
それを降参の合図と受け止めたのだろう。苦しさが幾分やわらいだ。
『わかってくれて嬉しいよ』