大地主と大魔女の娘


 穏やかに告げる奴の瞳は、やはり静かなままだ。


『ひとつ、教えてくれ』

『いいよ。何?』

『オマエは何故、俺たちに関わろうとする?』

『決まっている。面白いからだ。はははは!』


 笑い声は白々しく響いた。

 本当は泣き出したいのではないか、とすら思える。


『スレン?』


『実に興味深いよ。ほんの瞬きの間でしかない、君たちの命に関わるのはさ!

 最高だよ。殴り合って血を流したり、


 恋焦がれた者に腕輪を渡したりするんだもの!

 そういう事を繰り返す内に、捕まっちゃっただけだよ。初代の巫女王に』

『契約?』


『そう。代々の巫女の王となる者の夫となること。

 これがまた強力な契約でさぁ。僕はある程度、自由が無いままなんだ。

 解放されたくとも、契約者はとっくに墓の中さ!』


 そう一息に告げてから、スレンはひとしきり笑った。


『本当に、人はすぐに老いてしまう……。置いて逝ってしまう。

 せっかちだよね。もちろん、君もだレオナル。

 だから、フルルはやれないよ。立ち去って』


 言うなり、背後で震える少女を抱き寄せた。

 彼女にも黒い何かがまとわりついて見えた。

 夜闇だけではない凝った闇に、体中を絡め取られて身動きが取れないのだろう。

 ただ眼差しだけで縋られた。それに一つ強く頷く。


『オマエの事情など、どうでもいい話しだ。我の真白き光を返してもらおう』


『ふぅん。フルルの事どうやって思い出したのさ?』


『……全て思い出せた訳ではない。だが彼女は俺の側にあるべきだというのは、解る』


『ふふ、面白い。やれるものならやってみな』


『言われるまでもない!』


 挑戦的に口元を歪めて、スレンが手招きする。

 剣を抜いたのと同時に足元を蹴った。

 飛びかかって間合いを詰めたが、剣は奴に届かなかった。

 空で圧し止められている。

 スレンはただ手の平をこちらに向けているだけだというのに。


 手も足も出ない。


『はははは! 他愛もないね、君も。ねえ、シュディマライ・ヤ・エルマ?』


 奴が手のひらを床へと向けると、俺の意思に関係なく身体が動かせなくなった。

 そのまま床に這い蹲る。


 それでも歯を食いしばって、立ち上がるべく力を込める。


 コツ、コツ、と足音が近づく。視界に奴の靴先が入る。


『ねえ? どうして全部思い出せた訳でもないのに、そんなに必死になれるの?』

『うるさい。俺は俺の心の声に従うまでだ』

『ふぅん。やっぱり、永久に押しとどめておくのは不可能か』


『なんの話だ』

『こっちの話し』


 一人でしみじみと呟くと、奴は俺を蹴って転がした。

 足で踏み付け、見下ろしながら笑う。


『いいよ。返してあげる』

『何?』

『記憶。どうせ戻した所でもうどうにも出来やしない。だからこそ、苦しめばいい』


 つい、っと見えない力に、頭の中ををつつかれたような感触に眉をしかめた。


 思わず呻いてから、奴を見上げた。

 傍らの美しい乙女が俺を見下ろしている。

 その瞳に浮かぶ雫が、足元へと落ち、闇に吸い込まれて行く。


『夜 露(カルヴィナ)!!』


『そこでそうやって、指をくわえているといい』



 ――コツリ、と小さな足音が聞こえた。



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