大地主と大魔女の娘
楽しそうな声に頷いて、立ち上がった。
そのまま彼女と手をつないで、館を出る。
いつも必要としていた杖が無くとも、すんなりと立ち上がれたと気がつく。
それだけではない。
息苦しさも、節々のこわばるような軋みも感じない。
まるであの頃に戻ったようだ。
レユーナの手を強く握り締めてみる。
彼女はただ微笑むだけだ。
俺もそれに応える。
静まり返った館を出ると、既に馬が用意されていた。
……ただし頭に一角がある。
『久しいな』
『水底の……。』
『みなまで言うな! いいから早くしろ。名で縛らずとも乗せてやる!』
『早く行きましょう? お願いします、一角の君』
『おお、エイメ。相変わらず美しい』
あの懐かしい祭りの記憶が蘇る。
色々あった。
幾度も振り返っては後悔もした。
甘い疼きと共に沸き上がる想いを寂寥と呼ぶのか。
そんな言葉では追いつきはしない。
言い表せない遠い日のはずなのに、今日という日はそれがとても近くに感じられる。
祭りの準備でクルミを掻き出した。
そのクルミをこの傍らの少女と食べさせあった。
祭りの日、村の子供たちがはしゃぎ回った。
魔女っこは綺麗だと。
花嫁みたいだと。
自分もそう思ったのに、口に出さなかった。
何故、そう出来なかったのだろう。
その場で感動した事を伝えておけばよかったのに。
想いは出どころを求めて澱んだりはしなかっただろうに。
その場で思った事をすぐに素直に言葉にしていたならば。
いつだって俺は娘の心を傷つけるような事ばかりを吐いた。
そのたびに彼女を絶望にまでおいやったのだ。
いつも、いつでも傍らで笑ってくれるようになった彼女を見るたびに、訪れる後悔。
――果たして俺は、それを償えただろうか?
一角は迷いなく朝もやの中、森の奥深くへと進んで行く。
そうしてたどり着いたのは、オークの巨木がそびえ立つあの場所だった。
『着いたぞ』
『ありがとうございます、一角の君』
『早く降りぬか。エイメは別だが』
『ああ……。』
からかうような口調に、曖昧に頷いて降りた。
もちろん、レユーナも一緒に。
風が吹く。
吹き抜けてゆく。
たどり着く場所。
かつての活力に満ちた身体に、ああそうか、と唐突に納得した。