大地主と大魔女の娘
そのまま胸倉を掴みあげられるが、そのままにしておいて睨み返した。
「何だ」
「歯ぁ、食いしばれ!!」
近距離で拳を振るわれた。
だが殴られたのは右頬の方だった。
男は左利きなのか、加減したのか。
それでも血の味が口中に広がる。
「旦那、本心か? つい、からかって言っちまったんだ。そうだろ?」
「アレが貧相なのも足を引き摺って歩くのも、事実だから口にしたまで」
「旦那! しっかりしてくれよ! そりゃ、嫁っこも愛想を尽かすに決まっているだろうがよ」
今日はよく張り倒される日だ。
当然だと思う。
何故かこの男に殴られた右頬よりも、娘に張り倒された左頬がよほど疼いて仕方が無い。
このオヤジには一発、黙って殴らせたが好きにさせる気は無い。
無抵抗な俺に反省の色を読み取ったのか、男の腕が離れた。
唇を拭うと、スレンに向き合う。
「それをわざわざ娘に聞かせるようにしたオマエも同罪だろう」
「あれあれ? 八つ当たりはみっともないな、レオナル」
言いながら、スレンも上着を脱いでいた。
「何故、アレをフルル等と名づけた?」
「ん? だって震えながら歩くんだもの。産まれたての子犬みたいにね。可愛いじゃないか。ぴったりでしょ?」
「うわあぁ! 色男も大差ねぇな! 旦那、やっちまえ」
言われるまでも無い。
そのまま殴り合い。
スレンの足癖の悪さも加わる。
腕より足のほうが長さがある分、攻撃範囲が広がる。
だが安定さは若干失われる。
そこをつくべき隙として拳を振るう。
「やだなぁ、レオナル。素直に無様に転がれば良いのに」
「断る。オマエこそ大人しく殴られろ」
「ボクだってお断りだよ!」
酒場の亭主は諦めたように、目配せをひとつ送って寄こした。
それを合図と受け取ったのか、オヤジどもはテーブルと椅子を端に寄せだした。
酒場の亭主は亭主で、ジョッキに酒を注ぎ客に回すという手際の良さ。
明らかに手馴れている。
かくして野次馬たちも駆けつけて賭けが始まる、乱闘騒ぎ(みせもの)となっていた。