「……あの時…、」




「…え?」






「あんたが音楽室に来た時、

ピアノを弾いていたのは…香澄だった」




突然あなたが、静かに そう言った。


あなたの その言葉を聴いて、

私は深谷くんが、ピアノ教室の先生の息子さんだ という事を、思い出した。






「……俺の体を使って、香澄が弾いてた」




あなたが そう言って、私は更に、

あの時あなたのピアノを″また聴きたい″と言ったら、

あなたが曖昧な表情で断った事を、思い出した。






―…あぁ、そうか。


自分で弾いてた訳じゃなかったから、曲名を聞いても あの反応だったんだ…―




そう思ったけれど、すぐに疑問が頭を もたげてくる。






「…?


あれ、でも…、

深谷くんって、宗谷くんの身体を自由に動かせるの…?」




前に深谷くんは『魂は貴史の目を通して違う所を見てた』と言っていた けれど…

乗り移っている訳ではない と、はっきり否定していた。


何故だろう…と思って そう聞くと、

あなたも こくんと首を傾げて言った。






「ああ、でも…

香澄が弾いたのは その1回だけ。


後は動かされた事、ないよ。




だから あん時 弾いたのは…正真正銘 俺(笑)」




…″あの時″。


確かに、2回目に あなたのピアノを聴いた時、

その音が あなたを そのまま表したような音だと、思った。


それは本当に、あなたの音だったから なんだね…。




最初に聴いた時、もう1度 私に聴かせられない と 言ったのは、

深谷くんが弾いていたからで、

あなたは ちゃんと約束を覚えていて、

ちゃんと、あなたの音を聴かせてくれたんだね…。




深谷くんが なぜ この時だけ乗り移っていたのか という疑問よりも、

あなたが約束を覚えてくれてた事に対する感動の方が上回って、

私は あなたの言葉に、普通に頷いた。





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