月に降る雨
「…リア」
「ん?」
「…行くよ」
「へ?」
いきなり貴が何を言い出したのか分からなくて、
あたしは変な声を出した。
「…行くって、何処へ?」
「……″かず兄″の部屋 笑」
ニッて笑って、貴が言う。
「かず兄の部屋?」
…って、ちょっと待って
…無理だよ。
きっと まだ、″お客さん″が居るよ…。
病室からは、この場所を通らないとエレベーターに行けない。
貴と話している間、ここを通ったのは、
見知った患者さんと看護師さん…、
それに お見舞いに来てた人も通ったけれど…、
若い女の人は1人も通らなかったもん…。
かず兄の病室へ行ったら、
見たくない物も見なきゃいけないような気がして、怖い。
あたしは″行きたくない″って事を、
その場に踏ん張って動かないようにして、目で訴えた。
貴は そんな あたしを見て、更に大袈裟な溜め息を吐いた。
「…はぁ。
大丈夫だから!
今から、何にもない って事、証明してあげるよ。
…だから、来なサイ」
「…何にもない って…、
どういう事??」
「だから、とりあえず
香澄の部屋に来れば分かるから!」
貴は痺れを切らしたように そう言うと、
半ば強引に あたしの手を引っ張って、かず兄の部屋に向かった。
かず兄の部屋では相変わらず誰かが居るような気配が していたけれど、
貴は そのまま お構い無しに、ドアを勢い良く開けた。