孤高の魚
僕はそれに頷きもせず、ただ、野中七海がいつもこうして笑っていてくれればそれだけでいいのだ、と思った。
彼女が無邪気に笑っていてくれさえすれば、僕の気持ちはどこか晴れ晴れとして温かい。
そんなくすぐったい感情を自分の中に見出だして、僕は何だか妙に嬉しかった。
彼女がそのノートに詰め込んだ歩太の断片を、自分の居場所として安堵するならばそれもいいだろう。
僕は、押し付けがましくそれを否定するつもりなどない。
「……さあ。じゃあ、支度したら、さくらへ行こうか」
僕はマグカップの底に残っていた、冷えたコーヒーを一気に飲み干し、できるだけ明るい声でそう言った。
野中七海もまた、まだ半分は残っていたコーヒーのほとんどを口に入れてから大きく頷いた。
そうしてにっこりと笑い、可愛らしい唇を小さく丁寧に動かして、真っ直ぐに僕に向かって言う。
「うん、美味しかった、コーヒー。ありがとう、アユニ」
野中七海の「ありがとう」はいつも丁寧で、僕はすごく優しい気持ちになる。