孤高の魚
僕は、短くなった煙草をコンクリートに落とし、スニーカーの裏でそれを揉み消した。
ひしゃげた煙草は、それでもコンクリートの黒によく映える白を残している。
僕はそれを拾い上げ、煙草の箱とフィルムの間に挟んだ。
いつからか、僕はこうして小さな正しさすら怠らない様になった。
『煙草は道端に捨てちゃいけないわ、アユニ』
いつか、野中七海にそう注意されてから、僕の煙草の箱は灰皿も兼用している。
………
気が付けば僕の生活の中は、どこもかしこも野中七海だらけだ。
彼女の凛とした声で僕の一日は始まり、彼女のぼんやりとした声で僕の一日は終わる。
彼女の用意してくれた食事。
彼女の用意してくれたコーヒー。
彼女の言葉が僕を動かし。
彼女の視線がいつも僕を硬直させる。
だから僕は……
彼女のためならば、シュークリームだって喜んで買いに行くのだ。
………
それから僕は、ママの携帯へと電話をした。
工藤さんと一緒に遅れて出勤する事を伝え、
「お土産に、シュークリームを買って行きます」
と、そうママにも約束をした。