孤高の魚
「あたしが決めたんだからいいの! この子のパパは歩太!
パパは行方不明だけど、ママとベビーは立派に暮らしていくの。いいシナリオでしょう?」
……シナリオ?
尚子の言葉に、僕はまた愕然とする。
子供を生んで育てるのに、シナリオが必要なのか?
しかも嘘の。
尚子は相変わらずあっけらかんとした顔で、白菜を頬張っている。
「何言ってんだよ。下らない」
僕の口調は、思わず強くなる。
「そんな風に考えるのはよくないよ。
自覚が足りない」
僕はビールで喉を潤しながら、そう尚子にきつく言い放つ。
「何よ、自覚って」
食い下がる尚子に、一瞬でピリリとした空気がテーブルに漂う。
……ああ。
いつもそうだ。
歩太の存在がいつも、僕達の現実を曖昧にしてしまう。
穏やかに流れたいたはずの僕達の時間が、突然に歪んで突起する。
『歩太』
それはまるで、現実から僕達を引き離す、呪文の様だ。