孤高の魚



湯気で。
尚子を睨む僕の視角からは、野中七海の表情が見えない。

いったい彼女は今、どんな顔をしているのだろう。


「親になる自覚だよ。
父親が歩太だなんて、そんな嘘の思い込みはよくない」


そうして僕の口調は、益々強くなってしまう。


僕の感情は自分でも止められないほどに走り出していた。
『歩太』という呪文には、そんなにも力があるものなのか。


「いいじゃん! 思い込みは自由よ。
ね、ナナミちゃんもそう思うでしょ?」


突然、そう言って尚子が野中七海の方を振り返った。


「………」


彼女は、それに答えない。
視線は鍋の湯気を辿って、表情はどこか強張っている。

……虚ろだ。



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