孤高の魚



「うん……そうだね。わかってるよ」


気が付けば僕は、彼女にそんな言葉を投げ掛けていた。

まるで、僕が歩太になってしまったみたいに。


……『アユニ』


彼女にそう呼ばれる度に、僕はいつしか歩太の影を、誰よりも濃く背負ってきたのだから。


「本当?」


野中七海の顔は、僕の声に反応して綻んだ。
けれども視線は相変わらず湯気を捉えたまま、それは決して、僕の方へとは向けられない。


「ああ。……わかっている」


僕はもう一度そう口にした時、意識的に歩太の口調を真似てみたかもしれない。
言葉を噛む様に。
丁寧に。
何かを説く時の様に。


「それなら、七海は、安心してここに居られるわ。
いつか、いつかは……きっと会えるのね。
影ではないアユに」



< 239 / 498 >

この作品をシェア

pagetop