孤高の魚
「約束だよ? アユ」
……ああ。
そう言って上目遣いで湯気を見詰める野中七海の横顔は、なんてあどけなく純粋で、無垢なんだろう。
上気して、ほんのりとピンク色に染まった彼女の頬。
まるで、父親を慕う少女の様ではないか。
「ああ、約束だ」
僕はそう、彼女とハッキリとできない約束をする。
……構うものか。
例え守れない約束であっても、この瞬間に彼女が救われるのならばそれでいい。
彼女が笑ってくれるのならば、それで。
正しさなんてものは、いったい何のためにある?
正義と偽善とはどこが違う?
『真実がいつも正しいとは限らない』
工藤さんはそう言っていた。
……そうだ。
きっと。
その通りなのだ。
「うん」
野中七海は、そう満足気に俯くと、静かに長い睫毛を伏せた。
それから、スウ、ハアと小さな音を立てながら、大きく深呼吸をした。
小鉢に忘れられてしまった彼女の煙草は、すっかり灰になってしまっていた。
煙ももう、上がってはいない。