孤高の魚



『アユニ』

彼女が呼ぶ僕の名前が、まるで僕の全身に浸透してくる様だ。

彼女は間違いなく、僕に向かって言葉を紡いでいる。


「わたし達の居場所を、一つ一つ確かめながらバラバラにして、それをまた一つ一つ集めて……
丁寧に、丁寧に記憶していくうちにね、何か……
何かわからないのだけど、暗いものが、突然、押し寄せて来たの」


「……暗いもの?」


「そう、暗いもの。
不安だとか、恐怖だとか……そうゆうのに、近いものよ」


僕はヤカンに落としていた視線を上げ、静かに振り返った。
彼女は、真っ直ぐに僕を見ている。
その瞳は潤んで、微かに揺れていた。


「それで?」


「……それで、怖くなったの。
信じていたものに、突然裏切られてしまったみたいに、あたふたして。
……外に出たの」



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