孤高の魚
まるで、自分で自分の追いかけっこだ。
逃げる場所はどこにもない。
………
僕は手にしていた煙草に一本、火を付けた。
それから、洗い立ての灰皿を用意する。
それを見て、彼女も思い出した様に煙草をポケットから探り出した。
僕らは向かい合って、また、座る。
後片付けは終わりかけているけれど、とりあえず中断だ。
………
ゆらゆら
ゆらゆら
二本の煙草の煙が揺れる。
僕らの間にはいつも煙草がある。
それからコーヒー。
そう思うと途端に、コーヒーが欲しくなる。
不思議だ。
煙草はずっと僕の側にあったけれど、コーヒーが欲しいと思った事はなかった。
歩太がいた頃、このキッチンにはずっとコーヒーの匂いはあったけれど、煙草の煙は漂っていなかった。
コーヒーはまるで歩太。
煙草はまるで僕。
彼女は、両方を側に置く。
そんなひねくれた比喩は、野中七海の影響だろうか。
僕は彼女に気付かれない様に、小さく唇の端の方だけでそんな自分を笑った。