孤高の魚
「アユが男のひとになったのは、一度だけじゃなかったわ。
それはまるで儀式のように、定期的に行われた。
わたしはいつも、そんな夜が来るのを今か今かと待っていたのよ。
……その時は罪悪感なんてなかった。一咲の顔を見ても、わたしは平静を保っていられたの。
だってそうでしょう?
わたしはいつも一咲と比べられながら、その傷を誰にも見せないようにしてきた」
野中七海はそこで呼吸を置いた。
「秘密には、慣れていたのよ」
………
僕の心はすでに、怒りを通り越して無気力に近付いている。
彼女の過去について、僕の覚悟などなんて無力なのだろう。
今ここで、過去の彼女へと僕がしてやれる事など、言うまでもなく何もない。