孤高の魚
僕は今、ただの耳になろう。
声に傾けるだけの耳。
彼女の言葉を飲み込むだけの、ただの耳に。
………
野中七海もまた、それを望んでいるはずだった。
もはや、彼女の口から紡ぎ出される言葉達は、彼女自身のために吐き出されている。
そう思えてならないのは、彼女の視線が随分前から僕を捉えていないからだ。
「……ああ、でも……そうね。
完璧なんかじゃなかったわ。
完璧だったはずのアユの仮面は、見事に剥がされていたの。
本当に完璧だったのは……
一咲の方だったのよ」
俯いた彼女の目の色は、一瞬にして翳った。
肩が、僅かに震え出している。
それが寒さのせいなのかは、わからない。