孤高の魚




「寒い寒いクリスマスの夜だったわ……

一咲は張り切って、沢山のご馳走を作ったの。
そう、まるで、昔のママみたいだった。

……それから、アユが、わたしと一咲へプレゼントをくれて……
幸せだったの。
わたしは、パパとママと兄と姉と、恋人と一緒にクリスマスを過ごす事ができたのよ。
みじめな思いをする事もなかった。

……一咲だって喜んでたの。
笑っていたのよ。ちゃんと笑っていたの。

……何度も見たわ。
一咲がアユを見て微笑むしぐさも。
わたしを慈しむ、優しい……一咲の顔も……

なのに……」


………


……



ブ――――……ン



冷蔵庫のコンプレッサーの低い音が、キッチンの床に響いた。

野中七海の声がなければ、ここはまるで深い海の底だ。
世間から離れ、重く暗い空間が重力と水圧と共に僕らの上にのし掛かる。


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